南ハトバ
みなみ・はとば
南ハトバの記事一覧
文筆家・漫才師・僧侶。上智大学法学部国際関係法学科、大正大学大学院仏教学研究科を経て、現在は実家の寺の副住職としての活動をしつつ、芸人としても舞台に立つ。趣味は暗闇ボクシング・テレビ鑑賞・パワースポット巡り・念仏。得意分野はエンタメ全般・プロレス・ドイツ憲法・二十五三昧会。
「武将たちを美化せず等身大に戻すと、令和の私たちとは異なる、荒々しい野蛮さと狂気を持った、リアルな人間の姿が見えてくる」と語る呉座勇一氏
今まで信じていたものはいったいなんだったのか!? 戦国時代に「軍師」など存在しなかった――。
呉座勇一著『軍師の日本史』は、日本人が長年憧れ続けてきた軍師という虚像を、史実に基づいて容赦なく切り捨てる衝撃の一冊だ。
窮地の大名を機知で救う天才参謀。組織の優秀なナンバー2として、部下たちを差配して暗躍する陰の英雄......。
多くの日本人が魅了され、理想とする姿は、どこから生まれ、なぜ今も愛され続けるのか。夢と事実のはざまで、日本人の心のありようが浮かび上がる。
* * *
――本書を執筆されたきっかけを教えてください。
呉座 前著『戦国武将、虚像と実像』(角川新書)からの精神史の流れをくんでいます。日本人は昔から、トップに立つ人間よりも、それを陰で支える補佐役に感情移入する傾向がある。
では、なぜ日本人はこれほどまでに軍師が好きなのか、という切り口から、日本人の国民性や価値観を浮かび上がらせたいと考えたのが発端です。
――「軍師がいない」という結論には執筆のどの段階で到達したのでしょうか。
呉座 もともと、軍師がいないという事実は歴史学界で暗黙の了解として共有されていました。歴史学者同士の飲み会などでは「ドラマに出てくるような軍師なんていないよね」という話になるのがお決まりのパターンなんです。
通常、歴史学者は「軍師は実在しなかった」と嘘を見抜いた時点で満足して思考を止めてしまいがちです。
しかし、私の所属する国際日本文化研究センターは、専門分野に限定されない学際的な研究を重んじる組織です。
そのため、「いた・いない」という検証だけで終わらせず、日本文学や社会学、メディア史的な研究成果にも学び、軍師のイメージがどのように生まれ、変容していったのかを調べようと考えました。
――そもそも、なぜ日本の戦国時代には軍師が生まれなかったのでしょうか。
呉座 多くの人は大名武将がトップにいて、その下に部下のような形で武将たちがいるというイメージを抱いていますが、実際は違います。
武将たちは部下ではなく、自分の領土を守る独立した経営者のようなもの。その経営者たちの連合組織のみこしとして担がれているのが武田信玄や上杉謙信などの大名武将です。
そのため、われわれが思うほどトップダウンで物事が決められず、みんなの話し合いで決定する組織となっているんです。
――お互いの顔色をうかがいながら話が進んでいくんですね。
呉座 日本的組織の原型とも言えるこの形では、議論をリードするようなナンバー2、つまり軍師のような存在が生まれません。基本的には横並びの組織のはずなのに、誰かがリードしてしまったら、周囲の反発を招き、組織のまとまりがなくなる。
唯一、軍師と言っていいような動きができていたのは今川家の太原雪斎(たいげんせっさい)です。雪斎は僧侶であるために、武将たちからは組織のヒエラルキーとは別枠のように認識されていました。
今風に言うと外部コンサルタントに近い位置ですね。そのため、大名武将に重宝されても武将たちから大きな不満は出なかったと考えられます。
――本書を執筆していて一番驚いた事実はなんでしょうか。
呉座 軍師の逸話の多くが江戸時代に創作されたものであることは知っていましたが、江戸時代ですらなく、明治時代以降に作られた逸話も少なくないということです。
例えば本能寺の変を知った際、黒田官兵衛が羽柴秀吉に「ご運が開けましたぞ」と言って、「この男は頭がキレすぎる」と以後警戒をされてしまうという有名な逸話があります。
しかし、私の調査した限りでは江戸時代前の史料にこの逸話は確認できませんでした。
――明治以降に新たな軍師像が求められた結果、エピソードがどんどん追加されていった。
呉座 明治になると大日本帝国の軍隊がつくられます。この近代日本軍の要となったのが「参謀」と呼ばれる人たちです。
参謀への注目が集まる中で、参謀の起源と考えられていた戦国時代の軍師への注目も新たに高まった。そのために今までなかった逸話が作られたという側面もあると思います。
――事実を明確にすることで、歴史の夢とロマンを壊してしまうことに、先生自身の葛藤はありませんか。
呉座 もちろん、駆け出しのころには少しありました(笑)。歴史の偉人賢人が好きで入ったのに、その英雄像が次々と否定される。実際、それで大学院への進学をやめてしまう学生も一定数いるんです。
ただ、今は別の思いを持っています。黒田官兵衛や山本勘助が軍師だった事実はない。しかし、日本人が彼らを軍師と見なして憧れを抱き、理想を託し、夢を投影していたこと自体もまたひとつの歴史なんです。
歴史的な事実とは別に、日本人の精神史とでも呼べるこの事象を尊重する形で両立させたいなと今は考えています。
――現代はフェイクニュースがあふれ、事実より自分にとって都合のいい物語を優先する人々が増えています。そんな中で歴史的事実を追い求める意義とは?
呉座 本能寺の変の黒幕説など、歴史学的には取るに足らないトンデモ説は多々あります。
「実害がないから信じさせておいてもいい」という考え方もわかりますが、そういう説を真に受けてしまう人は、現代のフェイクニュースや詐欺、陰謀論にもだまされやすい。
事実と嘘を見極める能力は現代社会において不可欠であり、実証的な歴史学的なものの見方はこれから非常に役に立っていくと思います。
――劇的な〝真実〟を求める世間の空気に対し、歴史学が提示できる価値とはなんでしょうか。
呉座 主観や願望が混ざりやすい〝真実〟ではなく、客観的な〝事実〟を提示することです。歴史学は美談や虚像を否定するため冷徹に見えますが、その先にはパズルを解くような知的興奮があります。
武将たちを美化せず等身大に戻すと、令和の私たちとは異なる、荒々しい野蛮さと狂気を持った、リアルな人間の姿が見えてくる。この人間本来の営みを知ることこそが、歴史学の大きな魅力のひとつです。
●呉座勇一(ござ・ゆういち)
1980年生まれ、東京都出身。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専攻は日本中世史。現在、国際日本文化研究センター准教授。2014年、『戦争の日本中世史』(新潮選書)で第12回角川財団学芸賞受賞。『応仁の乱』(中公新書)は49万部突破のベストセラーに。『陰謀の日本中世史』(角川新書)で新書大賞2019第3位を受賞
■『軍師の日本史』
角川新書 1430円(税込)
軍師はいなかった! 実際の黒田官兵衛は現地指揮官、本多正信は行政官僚、山本勘助は足軽大将クラス。ならば、現在の人物像はいつ生まれたのか? 最新研究に加え、虚像の変遷から日本人の理想像の特徴まで暴く画期的論考! 戦国時代の軍師のイメージの嚆矢は江戸時代の諸葛孔明ブームであり、現在の人物評はわずか数十年前にできていた。彼らの虚像と実像から、時代ごとの日本人の価値観まで浮き彫りにする
