卓越した守備力で見る者をうならせた板倉選手 卓越した守備力で見る者をうならせた板倉選手

昨年末、日本中を熱狂させたサムライブルーの活躍は記憶に新しい。中でも、卓越した守備力で見る者をうならせたのが、板倉 滉(いたくら・こう)。開幕直前での大ケガ、必死のリハビリを乗り越え、夢の舞台に立った彼はいかにして〝ドーハの奇跡〟を起こしたのか。そして、今後の日本代表をどう見るのか。徹底的に語ってもらった。

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■懸命のリハビリ、吉田麻也の献身

ドイツ戦、日本のポゼッション率は26%と決して高くなかった。押し込まれる場面も多かった中、一瞬のスキを見逃さなかった板倉選手と浅野選手により逆転弾が生み出された ドイツ戦、日本のポゼッション率は26%と決して高くなかった。押し込まれる場面も多かった中、一瞬のスキを見逃さなかった板倉選手と浅野選手により逆転弾が生み出された

「FK(フリーキック)を蹴る際、一瞬どうしようかと考えたときに、ちょうど拓磨君が走り出したんです。すかさず蹴ったけど、ほんの少しだけ蹴るタイミングが遅かった。

でも、ドイツのDF(ディフェンダー)陣もラインがそろっていなくて、拓磨君はオフサイドにならなかった。難しいボールだったと思うんですよ。だけど、それを拓磨君が見事に決めてくれました。まさか得点につながるとは......」

昨年、日本代表の人気復活を決定づけたサッカー・カタールW杯。そのグループリーグ(GL)初戦、11月23日に行なわれたドイツ戦でのFW(フォワード)浅野拓磨による逆転弾は、夜更けの日本列島を狂喜させた。アシストしたのは、DF板倉 滉。後半38分の〝歴史的一発〟を演出した際の彼の記憶が冒頭のとおりである。

「ドイツに勝ったら、めちゃ盛り上がるじゃないですか!」

昨年6月、小誌の取材に板倉はそう答えていた。まさしく有言実行。だが、本大会への道のりは苦難の連続だった。ケガで一時は出場が絶望視された中で、彼はどう這い上がってきたのだろうか――。

昨年9月12日、所属先のボルシアMGでの練習。対人ミニゲームの最中だった。

「痛めた瞬間、これはダメだって思いました。経験したことのない激痛だったので」

すぐさまカートに乗せられて、メディカルのもとへ。マネジメントを担う社長・藤川誠人にも速やかに連絡した。

「終わった。W杯は無理だ」

30分後にはMRI検査となり、練習着のまま結果を受けた。左膝内側・側副靱帯部分断裂。生まれて初めての膝の負傷だ。ただし、全治6~7週間。W杯に間に合うかもしれない......。手術はせず、保存療法を選択。そこからは全力でリハビリに努めた。

「最初の3週間は膝も曲げられなかったんですよ。座った状態からちょっと立つにもひと苦労でした。10月上旬にやっとランニングができるようになって。でも、ターンやボールを蹴る段階へ進むには、時間が必要で。だから、毎日走り。正直、うんざりした時期もありました」

焦る板倉、慎重に事を進めたいメディカルチーム。互いの主張がぶつかり合うこともあったが11月初めにようやく対人練習へ。毎日、2~3部トレーニングを行なう中で、板倉を支えた人たちがいた。

「ずいぶん、周りの人たちには助けてもらいました。中でも僕の専属シェフには感謝してます。食事以外にも車の運転とか身の回りの世話をしてくれました。

もうひとりは(DFの吉田)麻也君です。お互い、家が車で10~15分の距離で。しょっちゅう来てくれました。アイシングの器具やコラーゲンドリンクとか提供してくれましたね。麻也君も過去に僕と同じケガをしたことがあるそうで、たくさんアドバイスももらいました」

ケガにより、自分を見つめ直す機会にも恵まれたという。

「まだ松葉杖を使っていた時期にボルシアMGの試合を観戦して。客席で見るのは初めてだったんですが〝なんていい環境でサッカーできてるんだ〟って、改めて実感できたんです。ピッチ上の仲間たちを見て、純粋にカッコいいって思った。サッカーができるありがたみを感じましたね」

そんな板倉をサッカーの神様は見捨てなかった。11月11日、リーグ戦で復帰。17日の日本代表・最終テストマッチ、カナダ戦ではCB(センターバック)として先発出場。後半22分までプレーした。

「ピッチに立てて胸が熱くなりました。ようやくここまで来られたのかって。スタメンで出られる、しかもW杯前に」

■ドイツ戦の前半終了、控室に響いた言葉

11月20日、開幕。この時点では誰も日本代表の活躍を予想していなかった。直前のカナダ戦も1-2で敗北し、GL突破は困難だという悲観論が蔓延(まんえん)していた。

「でも、チーム内に重い空気は全然なかったですね。みんな、負ける気なんてまったくしてなかったです。それは本気で思っていた。正直、GL突破は厳しいという声は僕らにも届いていました。だからこそ、逆に燃えましたね」

そうして迎えたドイツ戦。板倉はW杯デビューを飾る。

「緊張はハンパじゃなかった。入場前の待機がピークでした(笑)。でも、いざ国歌斉唱になったら、スイッチが入って。あれだけ気持ちを込めて歌ったことはなかった。ああ、これがW杯なんだなって」

試合は立ち上がりから日本が臆することなく、積極性を出した。チームでも事前に取り決めがなされていたという。

「攻め込まれるのは想定内。ただ、最初から引いてしまってはドイツのやりたい放題になってしまうので、初めから勢いを持っていこうと。ただ、前半はシステム的になかなかはまらなかった。ドイツもトップ下のMF(ミッドフィルダー)ムシアラとかにボールを入れたがっていて。僕らはうまくつかめてなかった」

前半31分、ドイツにPK(ペナルティキック)を献上するとMFギュンドアンが先制。なんとしても避けたかった失点。ハーフタイム、日本の控室はどうだったのか。

「〝必ずなんか起こるから! とにかく1点で抑えよう〟って、声をかけ合って。失点したからといって、気が抜けることはなかった。意思統一はしっかりできていました」

後半、森保 一(もりやす・はじめ)監督は4バックから3バックに変更、相手のサイド攻撃を封じながら、高い位置を取る両ウイングを起点に反転攻勢を仕掛ける。

「後半のシステム変更がはまっている感覚が僕らの中にあったんですよ。同時にどこかで得点へのチャンスもつくれるっていう自信も芽生えた。監督の采配はすごかったです」

板倉は、昨年6月の取材で〝途中交代がカギ〟と予想していた。森保監督はこの試合で交代枠5人を使い切った。

「試合の流れに途中から入ってくるって、相当難しい。でも、交代で入ってきた選手のエネルギーはすごくて、結果を出してくれたから、僕らDF陣からすれば本当に感謝。さすがにロスタイム7分はきつかったですけど(笑)」

■今後の日本代表はさらに強くなれる

ドイツに打ち勝った日本。11月27日、第2戦のコスタリカ戦では、森保監督が先発5人を入れ替える大胆な采配。が、結果は0-1で敗北。

「見ている側からは日本が優位に思えたでしょう。でも、コスタリカは個々の選手が強く、すごくコンパクトな守備だったんで、実際のところ攻めあぐねていました。

ハーフタイムに〝権ちゃん(GK[ゴールキーパー]権田修一)、相手から一発あるかもしれないから、そのときは頼む〟って、守備陣では警戒していたんですけど......。W杯の洗礼を浴びましたね」

最悪、引き分けに持ち込み、勝ち点1さえ手にすれば、優位に立てたはずの日本。GL最終戦、スペインに勝利することがベスト16進出への絶対条件となってしまった。

「雰囲気はまったく悪くなかった。ドイツに勝ってるわけですから。まだあるよと。それに東京五輪2020の雪辱もありましたからね。あのときのメンバーはみんなそれを思っていたはずです」

だが、前半11分、板倉との空中戦を制したFWモラタがヘッド一閃(いっせん)、先制を許す。

「一瞬ですよね。DFアスピリクエタから完璧なクロスが入ってきて。一瞬のマークのずれが失点につながる。正直、うわって思いましたけど、ここで終わるわけにはいかないと。それはみんなも一緒。この日本代表はメンタルが強いと、つくづく思いました」

森保監督は、前半は5バックで耐え、後半の立ち上がりにMF堂安 律、MF三笘 薫を投入、攻撃に転じる。ドイツ戦同様、采配は的中。後半3分に同点、6分には〝三笘の1㎜〟で話題となったMF田中 碧による逆転弾を生む。その先は再び守備固めに徹し、GL首位突破を果たした。

ただ、板倉は前半39分に今大会2度目の警告を受け、決勝トーナメント1回戦への出場が消えてしまった。

スペイン戦の前半39分、後方からMFペドリを倒してしまい、累積2枚目の警告を受けた。これにより、ラウンド16のクロアチア戦は無念の欠場となってしまった スペイン戦の前半39分、後方からMFペドリを倒してしまい、累積2枚目の警告を受けた。これにより、ラウンド16のクロアチア戦は無念の欠場となってしまった

「累積2枚目のイエローカードをもらった瞬間は〝ああ、次は出られないな〟って思いました。でも、もらったものは仕方ない。イエロー覚悟が必要な場面もあるわけですから。とにかく、スペイン戦を勝ちにいきました」

とはいえ、決勝トーナメントに出られない悔しさにふたをすることはできなかった。試合直後、すぐさまMF南野拓実が駆け寄ってきてくれた。涙をこらえ切れなかった。

12月5日、ベスト8をかけたクロアチア戦は、数十mしか離れていない客席から観戦した。チームは120分間の死闘の末、PK戦で敗北。快進撃は幕を閉じた。

「チームが勝ち上がることをひたすら信じて、見つめていました。プレーするよりも、見ているほうがハラハラするものなんですね。ベスト8に進んだら、僕は万全だから、死力を尽くして臨もうと決めていました。本当によく戦っていた。僕はチームを心底誇りに思っています」

またもベスト16の壁を乗り越えられなかった日本。だが、ドイツやスペインといった強豪国を破った結果はマグレではなく、次のフェーズに入った証しではないだろうか。

「それは間違いないと思います。今の日本代表は、ほとんどの選手が海外、主に欧州でプレーしています。普段から高いレベルの質、パワー、スピードの選手たちと戦う機会があるのは大きい。

今回、結果的にはベスト8へ進めなかったけど、カタール大会を経験したメンバーが軸となって、ここから先の4年を積み上げていけば、もっと強い日本代表が必ずつくれるはずです」

若くして日本の最終ラインを担った板倉選手の次大会は29歳。早くもファンからはリーダーとして期待されている 若くして日本の最終ラインを担った板倉選手の次大会は29歳。早くもファンからはリーダーとして期待されている

板倉自身も、今後のビジョンは明確である。

「A代表はもちろんですが、オーバーエイジ枠で、パリ五輪に出場、金メダルを獲(と)りたい。あと、ボルシアMGでは欧州チャンピオンズリーグ出場を目指したいですね。

個人では、日本全国を回って食文化・子供に夢を与える・社会貢献活動の3つの軸を持つプロジェクトを進めています。地域の人とも交流をして地方創生やCSR(企業の社会的責任)活動にもつなげていきたいですね」

今回のW杯でサッカー人気復活の手応えを感じている板倉。次世代の守備の要と期待される彼の動向に、今後も注目だ。(文中敬称略)

(スタイリング/安西こずえ 衣装協力/にしのや ノーデザイン ベンダー)

●板倉 滉(いたくら・こう) 
1997年1月27日生まれ、神奈川県出身。2015年、川崎フロンターレ下部組織からプロ契約。19年、英1部マンチェスター・シティに移籍。その後、蘭1部フローニンゲンへ。21年に当時独2部シャルケ、22年に同1部ボルシアMGへ完全移籍。今季、2回のMOM、1回のブンデスリーガベスト11にも選ばれた逸材。DF&MF

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