
村上隆保
むらかみ・たかほ
村上隆保の記事一覧
編集者/ライター 『週刊プレイボーイ』では、特集記事のほかに爆笑問題、リリー・フランキー、ひろゆきの連載を担当。公式X【@takapoda4】
新たな海洋生物を探す国際プロジェクト・「オーシャンセンサス」は、今年3月までの1年間で1000種類以上の未知の生物を発見した。それらはどんな生物? プロジェクトの目的は? 実際に発見した研究者たちに話を聞いた!
* * *
まずは問題。
「人類は海の中にいる生物の何%くらいを把握しているか?」
答えは約10%。
現在、人類が名前をつけて把握している海の生物は約25万種だが、実際は220万種以上の生物が海の中にいると推定されている。
今年5月、新たな海洋生物を探す国際プロジェクト「オーシャンセンサス」は、1年間の調査で新種と見られる1121種類の生物を発見したと発表した。
1年間で1121種類というのは一見、すごい数のように思えるが、海の生物全体からすると、ほんのひと握りに過ぎない。
「このプロジェクトがスタートしたのは、3年前の2023年なんです」と話すのは、オーシャンセンサスを主導している日本財団の海野光行(うんの・みつゆき)常務理事だ。
「海の中の生物の90%以上がわかっていないといわれたら、見つけてみたくなりませんか? そう思っている研究者が世界中にはたくさんいるんです。
そこで『海の中の種の発見数を最大化する』という目的で国際的なネットワークをつくりました。現在は85ヵ国から1000人以上が参加しており、3年間で合計2030種余りの新しい生物を発見しました」
新種の発見には、最新の技術が使われているという。
「例えば、AUV(深海用自律型調査機)。これは、あらかじめ設定したプログラムに従って、自動で海底を調査する無人の潜水艇です。
ほかにはROV(遠隔操作型無人潜水機)もあります。これは母船とケーブルでつながっている水中ドローンのようなものです。
これらは深海3000~5000mくらいまで調査することが可能です。もちろん、日本が所有している6500mまで潜れる有人潜水艇『しんかい6500』などでも調べますし、時には人間がダイビング機材を背負って海に潜ることもあります」
海中でデスボールを採取している様子(Schmidt Ocean Institute)
そして、採取した生物はゲノム解析などによって、新種の可能性が高いものとそうでないものに分けられる。新種の可能性が高いものは、その後、分類と正式な命名に向けた詳しい研究が始まる。
「新種の可能性があることが判明した生物は解析され、データベースなどに登録され、論文が提出されます。そして、広く公表されることで、研究者が生物の持つ未知なる可能性を見いだすことにもつながります。
実は、これまでにモルヒネの100倍以上の鎮痛効果を持つ化合物を出す巻き貝(イモガイ)や、牛のエサに混ぜると牛のゲップの中に含まれるメタンガスを抑制する海藻(カギケノリ)などが発見されているんです」
海の生物の調査は、その種そのものを調べるだけでなく、新しいテクノロジーなどの発見にもつながるのだ。
では、オーシャンセンサス・プロジェクトは、この1年間の調査でどんな知られざる生物を発見したのか。その一部を教えてもらった。
「南大西洋の南極近くにあるサウスサンドイッチ諸島(イギリス領)の水深約3600mの所で、肉食性の海綿『デスボール』を発見しました。大きさは約10cmです。
一般的な海綿は、海水中の微粒子や微生物を体の中でこして栄養にする濾過摂食者(ろかせっしょくしゃ)ですが、この種は肉食性です。球状の構造に備わっている小さなフックで流れてくる甲殻類を捕まえ、包み込んで消化します。まるで地球外生命体のようにも見えますよね。
また、アフリカ東海岸のタンザニアとザンジバルの間の沿岸の水深約200mの所で、サメとエイの特徴を併せ持つ『ギターシャーク』の仲間を発見しました。大きさは約1mです。
この個体は、ギターシャークのグループの中の38番目の新種です。ギターシャークは、脊椎動物の中でも特に絶滅の恐れが高いグループのひとつで、今後、このグループをどう保全していくかが重要になっていきます。
ほかにも北極海の水深約2200mの光の届かない深海で、ウミユリを足場として利用している『八放サンゴ』の仲間が見つかりました。
大きさは約10cmです。まだ正式な論文が出る前なので、共生か付着なのかはわかりませんが、少なくともサンゴ側はウミユリに付着して高い位置にいることで、流れに乗ってくる餌を濾過摂食しやすくしていると考えられています。
また、南アフリカのソドワナ湾の水深50mの場所では、『ピグミーパイプホース』の仲間が発見されています。大きさは約4.6cmです。
これまで、この属はニュージーランドの冷水域のみで見つけられていましたが、今回初めてアフリカで確認されたんです」
日本でも多くの新種が発見されている。オーシャンセンサス・プロジェクトと協動している「JAMSTEC(海洋研究開発機構)」の渡部裕美(わたなべ・ひろみ)博士が教えてくれた。
「私たちは、昨年の夏に2ヵ所ほど調査しました。1ヵ所は四国沖の南海トラフで、もう1ヵ所が東京の南約600kmにある伊豆・小笠原諸島海域の七曜海山列(しちようかいざんれつ)です。
南海トラフは巨大地震の発生が危惧されていて、地質学的な調査は多く行なわれてきましたが、生物の分類を目的とした調査はほとんど行なわれていませんでした。
もし南海トラフで大きな地震が起きると生態系が大きく変わる可能性があるので、一度きちんと調査する必要があると思ったんです。
南海トラフでは、80種の生き物を見つけることができました。そのひとつが『ヤイバシロウリガイ』という二枚貝の仲間で、最大約30cmと巨大です。水深約2000~2500mの場所で発見しました。この貝は体液にヘモグロビンが含まれています。ですから、解剖すると人間と同じように赤い血が出てきます。
ほかには、新種と思われるネジのような巣穴を作るゴカイの仲間を見つけました。なぜネジのような巣穴を作るのかわかっていませんが、何か理由があるのかもしれません。このゴカイは数十年前に撮影されてから、長年標本が採取されず、誰も正体を明らかにできなかったので、今回それが明らかになったのは大発見です」
七曜海山列は、「日曜」から「土曜」まである7つの海山だ。最も深い場所で水深3000m以上で、海底から300℃前後の熱水が噴出している場所もあるなどの理由から、生態系は固有性が高いといわれている。
今回は一番深い所で約1500m、浅い所で約600mの場所をまさに山を登るようにして調査したという。七曜海山列の新種については、JAMSTECの波々伯部夏美(ほおかべ・なつみ)博士が教えてくれた。
「七曜海山列では、例えばガラス海綿の内部で共生するゴカイの仲間を2種見つけました。ガラス海綿は、ガラスと同じシリカ(主に二酸化ケイ素)でできています。その中に2種類の新種のゴカイが暮らしていました。
この海綿も新種だといわれていますが、まだ研究が終わっておらず、ゴカイの研究のほうが先に進んでいます。
海底でガラス海綿に住むゴカイを見たときは、ふたつとも同じ種類かと思ったんですが、実験室に持ち帰った後、形態やDNAの情報などを調べてみると、どちらもオトヒメゴカイというグループですが違う種類で、共に新種だということがわかりました。
『献名』といって、科学界では新種に名前をつけるときに、その調査や研究にすごく貢献してくださった方の名前をいただくことがあるんです。この研究では先輩の渡部裕美さんと矢吹彬憲(やぶき・あきのり)さんにとてもお世話になったので、ふたつのゴカイには『ワタナベハナカゴオトヒメゴカイ』と『ヤブキガラスオトヒメゴカイ』という名前をつけさせていただきました」
ほかにも七曜海山列からは、ウデボソヒトデの新種なども見つかっている。前出の渡部氏が、新種の海洋生物を見つけることの意義を語ってくれた。
「ひとつは、生物がどのように変わってきたのかを知るために、いろいろな生物を知りたいということがあります。
例えば『スケーリーフット』という硫化鉄のうろこを持っている巻き貝がいるんですが、そのうろこはなんのためにあるのか。
また、極限環境に住んでいると、体に不要なものも取り込んでしまうため、それらを排出する機構を生物が持っていることがあるのですが、それはどうやってできたのか。そういうことをきちんと知ることは大切だと思っています。
このような特殊な生理・生態を持つ生物は、未知のタンパク質などを持っている可能性もあります。
例えばPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)というコロナ禍で使われた検査がありますが、それに必要な酵素は、極限環境に住む微生物から発見されました。深海の微生物から見つかった酵素も利用されています。
将来的に薬剤の材料になるかもしれないタンパク質や化合物を深海の生物が作っている可能性もあるんです。
JAMSTECでも、過去30年くらいの間に深海から採取した堆積物や微生物を冷凍保存して、それを外部の研究機関などに提供して有用な微生物を見つけてもらう取り組みをしています。
生物はどのように変わってきたのか。どんな能力を持っているのか。それが、海の中のまだ知られていない生物を見つける意義だと思っています」
七曜海山列で発見された新種の「ウデボソヒトデの仲間」 最大20本にもなる羽のような腕を持つ(The Nippon Foundation-Nekton Ocean Census/©JAMSTEC)
今回のオーシャンセンサスの調査でも、不思議な形や能力を持つ新種の生物が多く見つかった。
人類は海の中の生き物の約10%しか把握していないといわれている。それ以外の90%には、人間には知られていない素晴らしい能力を持つ生物がまだまだいるはずなのだ。そんな生物ができるだけ早く見つかってほしい。