
山本萩子
やまもと・しゅうこ
山本萩子の記事一覧
1996年10月2日生まれ、神奈川県出身。フリーキャスター。野球好き一家に育ち、気がつけば野球フリークに。2019年から5年間、『ワースポ×MLB』(NHK BS)のキャスターを務めた。愛猫の名前はバレンティン。
多くのメジャー球団が使用している最新のピッチングマシンが、日本球界でも流行の兆しを見せています。
そのマシンの特徴は、投手の投球を完全に再現できるということ。投球を再現するというと、バッティングセンターでバーチャル映像が流れるマシンを思い浮かべる方もいるかもしれませんが、今回紹介する「トラジェクトアーク(Trajekt Arc)」は、あれとはまったくの別物です。
トラジェクトアークは投手が投げる映像が等身大で映し出されるだけでなく、ボールの回転軸、回転数、リリースの角度といった細かいデータをもとに、実際の球筋をほぼ再現できます。マシンを開発したのは、カナダのトラジェクト・スポーツ社。2021年のシカゴ・カブスとの契約を皮切りに、現在メジャーではほとんどの球団が導入済みとも言われています。ここ数年で「あって当たり前」の設備になりました。
マシンの発想の根っこにあるのは、「対戦相手を再現して攻略する」という考え方です。アメリカの国民的スポーツであるアメリカンフットボールでは、敵の動きや作戦を完全にコピーした「スカウティングチーム」を作る文化があります。味方の選手が「対戦相手になりきる」わけですが、トラジェクトアークが目指しているのも同じ。相手ピッチャーの球そのものを再現してしまえば、攻略への一番の近道になります。
NPBでいち早く導入したのは楽天だとされていて、ソフトバンク、日本ハム、巨人、中日、阪神がそれに続きました。日本ハムでは二軍施設にもトラジェクトアークを入れているそうです。数億円とも言われるマシンを導入するわけですから、チームが育成に重きを置いていることが分かりますね。オリックスでも、紅林弘太郎選手が契約更改の場で導入を球団に直訴するなど、選手からの要望も高まっているようです。
トラジェクトアークの最大のメリットは、対戦前に相手投手の球筋を再現してシミュレーションできることでしょう。試合では「三巡目でようやく投手の球に目が慣れてくる」などと言われることもありますが、トラジェクトアークがあれば、一巡目からある程度目が慣れた状態で打席に立てます。
ちなみに、こうした「球を再現する」という発想自体は昔からありました。ヤクルトが2012年に約250万円で導入したという高速ピッチングマシン「沢村くん」がまさにそれ。当時は150キロを投げる投手が今ほど多くなかった時代でしたから、速球への対策ができるはずでした。しかし、導入直後の試投で異音を発し、部品が飛び散って大破してしまいます。あれから十数年しか経っていないのに、技術の進化ぶりには驚かされます。
打者だけでなく投手側のマシン活用も期待できるかもしれません。目標とする一流投手のボールと、自分のボールを並べて再現し、比較することも可能だと思います。例えば、大谷翔平選手のスイーパーと自分のスライダーを見比べて、「ここまで曲げるのか」と体感できれば、イメージトレーニングもしやすいでしょう。
WBCのような国際大会でのトラジェクトアークの活用が期待できますね。国際大会は対戦相手に関する対策が十分に取れない場合もありますが、メジャーで登板している投手であればデータが公開されているため、それをもとに再現が可能です。あるいは、キャッチャーが大谷選手のデータを入力して捕球練習をする、ということもできそうです。
すでにNPBの主要球団が導入に動いているこの流れは、いずれ大学、高校の強豪校にまで及ぶかもしれません。「どこにお金と力を注ぐか」という姿勢が、こうした最新機材の導入状況に表れ始めています。それが、チームの成績に大きく影響する日も近いかもしれません。
それでは、また来週。