グラビアライター・とり
グラビアライター・とりの記事一覧
1997年生まれ、兵庫県出身。 妄想を得意とするグラビアライター。 趣味/散歩、レコード収集。
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あまり表に出ることのないカメラマンに焦点を当て、そのルーツ、印象的な仕事、熱き想いを徹底追究していくインタビュー連載が、週プレ創刊60周年を記念して復活。第二弾は、今年1月に天羽希純さんの3rd写真集『BOUNUS』を手がけ、ここ数年でグラビア界での存在感を増している新鋭・高橋慶佑氏が登場です。
後編では、カメラマンを志してからグラビアを撮るまでのエピソードを中心に、撮影中の意識についても聞いた。
* * *
――高校時代から趣味で写真を撮りながらも、大学卒業は大手メーカーに就職。貯めた給料で買ったデジタル一眼レフをきっかけに、さらに写真にのめり込み、退職してカメラマンの道に進まれたとのことでしたが、具体的には何をされたんでしょうか。
高橋 王道ですが、会社を辞める前にまずは玄光社から出ている『コマーシャル・フォト』という雑誌で、アシスタントを募集しているカメラマンを探しました。ただ、趣味で写真を撮っていたとはいえ実務経験はゼロ。ほぼ素人のぼくを雇ってくれる方は、当然ながらなかなかいませんでした。唯一、会う機会をくださったカメラマンの方に「まずはスタジオに行ったほうがいい」と言われ、今度は都内の主要スタジオに片っ端から連絡しました。そしたら「即日勤務できる方じゃないと難しい」と言われたので、すぐ上司に「会社を辞めます」と伝えたのですが、そのあと「退職したので雇ってください」と連絡したら「もう締め切っちゃいました」と言われて......。本当、アホですよね(笑)。
――やると決めたからには後先考えていられないというか、勢い任せな感じはしますね(笑)。
高橋 まさにそんな感じですよ。若さゆえでしたね。断れられたのなら仕方がないと、他のスタジオに連絡したら面接に呼ばれたので行くと、その場で採用されました。そうして、外苑スタジオで働くことになりました。正確には「2ヶ月ほど待ってほしい」と言われたので、その間は日雇いバイトで食い繋ぎましたね。
――急に人生が変わりましたね。
高橋 実際、スタジオ勤務はかなり大変でしたね。前にお話しした通り、ぼくは学生時代に部活をした経験がなかったので、初めて上下関係の厳しさを叩き込まれたというか。他のスタジオマンとすれ違うたびに「お疲れ様です」と挨拶をするとか、今考えても厳しすぎると思う部分はあるのですが(笑)、スタジオを使ってくださるカメラマンさん第一に行動するのも苦手で、決して仕事ができるほうではなかったです。ただ、先輩にはかわいがられていたほうで、何とかやれていましたね。振り返ると、遅れてきた青春だった気がします。キツかったけど、また戻ってもいいと思えるくらい、楽しい環境ではありました。
――スタジオマン時代に、印象的な撮影はありましたか?
高橋 人を撮りたいと思ったとき、漠然とファッションのカメラマンをイメージしていたんです。実際に外苑スタジオではエビちゃん(蛯原友里)や押切もえさんといった、当時人気の赤文字系モデルさんの撮影を手伝わせていただきました。でも、何か自分のイメージしていた"撮影"とは違う感じがして......。そうモヤモヤしていた時期に、スタジオ経由で、カメラマンの井上たろうさんのロケにアシスタントとして参加することになったんです。週プレのグラビア撮影の現場でした。白ホリのスタジオで、ファッションや広告の現場を見てきた身としてはカルチャーショックでしたよ。とにかく自由な印象を受けたんです。「高橋くん、スカートの中のパンツを照らしてくれ!」なんて指示が飛んできたり(笑)。すごく楽しかったんですよね。
――ファッションでは絶対にあり得ない指示ですね(笑)。それまでグラビアのカメラマンになろうとは、思わなかったんですか?
高橋 全く頭の中になかったです。アラーキー(荒木経惟)の写真とか、好きで見てはいたけど、グラビアというジャンルには全然結びつきませんでした。その現場で井上さんに気に入っていただき、その後も何度か指名でグラビアの現場を手伝わせてもらいました。ヤンマガの沖縄ロケとか、いろんな場所に連れて行ってもらいましたね。あと、松田忠雄さんの現場にも行きましたね。よく言う話だと思うけど、洋服が主役のファッションに対してグラビアはモデルさん自身が主役。人を人として自由に撮れる様子が、とても魅力的に感じられたんですよね。
――思わぬ出会いに感謝ですね。
高橋 本当に。その後、入社してちょうど2年が経ったタイミングでスタジオを卒業し、井上さんの紹介で中山雅文さんの直アシになります。中山さんのもとではグラビアに限らず、アイドルの写真集など、色んな現場に連れて行ってもらいましたね。4年ほどお世話になり、2018年に独立。その間には、自分でグラビアの作品撮りも積極的に行っていました。中でも、天木じゅんさんとは何度も作品撮りをさせていただいて。毎回、色々と手の込んだ撮影をして楽しかった思い出があります。独立当初は、天木さんの写真を持って各出版社の営業に回っていました。それを見て「ちゃんと撮れる」と思っていただけたのか、わりとすぐにグラビアのお仕事をいただけたのはありがたかったですね。もちろん、取材モノの撮影も色々やりましたが、バイトをせずに済んだのはラッキーでした。
――独立後、最初は何のお仕事だったか覚えていますか?
高橋 『週刊SPA!』の「グラビアン魂」(みうらじゅんとリリー・フランキーによる人気連載)で塩地美澄さんを撮らせてもらったのが最初だったと思います。他は漫画誌のお仕事が多かったですね。週プレさんからはなかなかお声が掛からなかったのですが、あるとき他誌の編集者の方に「高橋くん、結構グラビアの仕事増えたと思うけど、そろそろプレイボーイでもやったほうがいいよ」と言われて。独立当初も営業に行ってはいたのですが、改めてアシスタント時代に顔見知りだった編集者の方にブックを見せに行きました。そしたら「この日空いてる?」って、その場で仕事をいただけたんですよね。
――それが前回話にあがった宇佐美なおさんのグラビアだったんですね。
高橋 そうです。その後もその編集さんには、今年出た天羽希純さんの写真集『BONUS』をはじめ、定期的にお仕事を振っていただいています。本当にありがたいですよ。
天羽希純3rd写真集『BONUS』より
――天羽さんといえば、グラビア界きってのヒットメーカー。写真集『BONUS』も、"ノーブラポチ"の過去最大露出で大きな話題になりました。
高橋 天羽さんはもともと『BLT』(東京ニュース通信社)の撮り下ろしでご一緒していて。その後、週プレの表紙&巻頭で渡嘉敷島ロケに行き(デジタル写真集『CUTE & SEXY』に収録)、タイで写真集の撮影という流れでした。天羽さんは最初からいい印象しかなかったですね。というのも、すごく頑張ってくれるんですよ。"ノーブラポチ"もそうですが、どんなシチュエーションでもノリノリで、どんなリクエストにも前向きに応えてくれる。まさにエンターテイナーな人なので、ぼくも撮っていて楽しかったです。
天羽希純デジタル写真集『CUTE & SEXY』より
――高橋さんは、グラビアの中でも攻めた表現が出来るモデルさんをよく撮影されているイメージがあります。グラビアを撮る上で、意識されていることがあれば教えてください。
高橋 言葉にするのは難しいのですが、体温が伝わるグラビアを撮りたいとは常々思っています。確かに、露出感的にしっかり攻められる方を撮影する機会は多いですが、そうでなくても、その子の中にあるラインを少し飛び越えたものを撮りたいと思って現場に臨みますね。人を撮るって、そういうことだと思っているので。もちろん、相手に信頼してもらうことが前提ですし、決して簡単ではないですけど、撮りながら心の距離を縮める意識はしています。と言っても、積極的にコミュニケーションをとるほうではないのですが(笑)。それこそ週プレの編集さんに言われたんですよ。「高橋くんはこのままでいい。変にオシャレな写真を撮ろうとしないでね」って。
――なるほど。確かに最近は、オシャレな雰囲気のグラビアが多い印象がありますね。高橋さんの言う「体温を感じるグラビア」とは、方向性が違う感じがトレンドかもしれません。
高橋 そうそう。だからこそ「今の感じが貴重だ」と言ってくださったんですよね。すごくうれしかったです。誤解を恐れずに言うと、ぼく、やっぱりグラビアはちゃんとエロく撮りたいんですよ。何を持ってエロいとするか、言葉にするのは難しいけど......。そもそもぼくがカメラマンを目指した最初のきっかけは、目の前の景色がそのまま写るデジタルカメラの性能に惚れた部分が大きい。だからこそ、ぼくが見たままのリアルな情景を、目の前にいる女の子の表情をしっかり写したいと思っているんですよね。ただオシャレなだけのグラビアには負けたくないですね(笑)。
――最後に、今後の展望があれば教えてください。
高橋 今は仕事の90%が女の子を撮る仕事なので、男性を撮る機会も増えたらいいなと思いますね。最近、男の子の写真集を撮らせてもらいましたけど、ミュージシャンの方とか、幅広く撮れるようになっていきたいです。グラビアでは、より自分らしさを極めて引き続き頑張りたいと思います!

●高橋慶佑(たかはし・けいすけ)
1986年生まれ、東京都出身。
趣味=音楽鑑賞、激安中古車購入(年に2,3回買い換えるほど!)
出身は東京だが、幼少期は香港や南アフリカなどを転々とし、中高生時代の大半は福岡県北九州市で過ごす。日本大学商学部卒業後、オカモト株式会社に就職。3年ほど勤務したのちに、カメラマンを志し、外苑スタジオに勤務。中山雅文氏のアシスタントを経て、2018年に独立。天羽希純3rd写真集 『BONUS』のほか、原つむぎ写真集『まいぺーす。』(徳間書店/2025年)や山田あい 1st写真集『Ohaa~i』(ワニブックス/2025年)など、グラビアアイドルの撮影を中心に活躍中。




