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W杯のトロフィーを持ちながら、アンニュイな表情を浮かべるトランプ米大統領
かつて「サッカー不毛の地」といわれたアメリカだが、今回のW杯は1994年開催時をはるかに超える盛り上がりを見せている。しかし、トランプ政権下の現在、訪米サポーターも含め、いつも以上に"人種のるつぼ"化したこの国では無視できない問題も発生しているようで......。熱狂の裏側を現地在住の日本人スタンダップコメディアンが徹底ルポ!
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6月22日、月曜日。平日の真っ昼間だというのに、ニューヨークの5番街にあるアイリッシュバーは、店のガラスが曇るほどの異様な熱気に包まれていた。
サッカーW杯北中米大会のアルゼンチン対オーストリア戦が放送されていたこの日、店内はすし詰めの満員状態で、表には「No Entry-At Capacity(満員につき入場不可)」の文字が掲示されていた。店の前では、〝アルゼンチンの英雄〟メッシのユニフォームを着た男性が頭を抱えて立ち尽くしていた。
ブルックリンに住むアルゼンチン出身のディエゴさんは「SNSで母国のアルゼンチン戦を放送するって見て、わざわざ来たんだ。アルゼンチンの仲間たちと応援したかったけど、まさか満員だなんて。こんなの初めてだよ」と言い残し、オフィス街の人混みをかき分けながら、別のバーへと走っていった。
ニューヨークの伝統的なアイリッシュバー「James Gibney & sons」は外装もW杯仕様に
ニューヨークでは多くのバーがサッカーボールや各国の国旗を飾り、詰めかけた各国のサポーターたちによって、店内はスタジアムさながらの雰囲気となっていた。
私の住むシカゴのスポーツバーでは、例年この時期はMLBやカレッジフットボール(大学が参加するアメリカンフットボールの大会)がテレビで流されるメインコンテンツだが、今は違う。W杯を実況するイギリスなまりの英語が聞こえてくる。
アメリカ代表戦の際には当然、お決まりの「USA!」コールがこだまするが、その一方で、移民国家であるアメリカでは、さまざまなエスニシティのアメリカ人たちが、自身のルーツである〝祖国〟の応援もする。
伝統的にスウェーデン系移民が多く住むシカゴ・アンダーソンヴィルにあるバーでは、日本対スウェーデン戦が行なわれた6月25日は試合のために営業時間を変更、ウオッチパーティが開かれていた。私が訪れると、スウェーデン系の店主のブライアンさんが笑顔で話しかけてくる。
「今日は日本戦だから特別に日本酒を仕入れたんだ。日本が点を決めたら全員に1杯おごるぜ。その代わり、スウェーデンが決めたら、みんなでマロートを注文してくれよな!」
シカゴでスウェーデン系移民によって発明されたリキュール「マロート」。この日、1-1で引き分けとなった試合では、店内の全員がアメリカ生まれのスウェーデン酒と日本酒をショットすることになった。
6月19日、オーストラリア代表に勝利したアメリカ代表を祝うアメリカ人たち
6月23日、フィラデルフィアの「ライオン・スポーツ・バー」でイングランド対ガーナ戦を観戦するガーナのファンたち
今大会はアメリカが〝世界の文化の交差点〟であることをより鮮明にさせている。
ボストンでは多くのスコットランドサポーターが民族衣装やバグパイプと共に街を盛り上げ、ロサンゼルスでは韓国系アメリカ人が公園に集いK-POPや伝統太鼓と共に代表を応援したというニュースが全米に報じられた。
かつて「サッカー後進国」ともいわれたアメリカでのこうした盛り上がりに、前回アメリカがホスト国となった1994年大会を知る人々は驚きの声を上げる。シカゴの老舗スポーツバー「ティモシー・オトゥール」のオーナーは、しみじみとこう語った。
「32年前は店のテレビでサッカーを流してたら、客に怒鳴られたよ。『とっととベースボールを流せ』って。でもそれが今じゃ、アメリカ中みんなW杯一色だ。NBCのニュースでもW杯特集さ。アメリカ人がこんなにサッカーに熱中する日が来るとはね」
もちろんこうしたアメリカ国内の熱狂は偶然に生まれたものではない。
国内リーグ「メジャーリーグサッカー(MLS)」の成長や移民国家ならではのサッカー文化の広がりに加え、FIFAもまたアメリカ市場を最重要市場と位置づけ、近年はその拡大を後押ししてきた。今大会では、その戦略がより鮮明になっている。それは言い換えると、W杯を、アメリカ型のスポーツビジネスへと進化させることだった。
世界中にファンを持つヨーロッパサッカーだが、ビジネスの規模で見ると、主な収益基盤を国内に置くアメリカの巨大なプロスポーツ市場には遠く及ばないのが現状だ。
例えば年間売り上げで見ると、世界で最も注目を集めるイングランド「プレミアリーグ」は約1.2兆円。対するアメリカのプロスポーツは、「ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)」が約3.2兆円、「メジャーリーグベースボール(MLB)」が約1.8兆円、「ナショナル・バスケットボール・アソシエーション(NBA)」が約1.7兆円とどれも大きく上回る。
その背景には莫大な放映権料、そして広告収入の差があるが、FIFAはこうした問題に構造からのテコ入れをした。
今大会から採用されたルール変更は顕著な例だろう。特に前後半22分に設けられる3分間の休息タイム「ハイドレーションブレイク」は、選手にとっては水分補給の機会であり、指揮官にとっては戦術の修正の場としても位置づけられているが、ビジネス的な意味でいえば、放映権を保有するメディアがCM放映による広告収入を創出できる貴重なボーナスタイムだ。
これまでハーフタイムに集中していたCMを、視聴者の離れづらい「試合中」にも流す。アメリカ国内で試合を放送するFOXスポーツは今回、2億5000万ドル(約400億円)の広告収入を得るという見立てもなされている。
ロサンゼルス・スタジアムでプラカードを掲げる韓国の女性サポーター
こうした〝アメリカ化〟に、ダラスやロサンゼルスといったスタジアム各地で、とりわけヨーロッパから訪米したサポーターなどから、ハイドレーションブレイク中にブーイングが起きていた。
だが、スタジアムではその声はあまり目立たない。その短い休憩タイムは、本大会の定番曲となった『Livin' on a Prayer』(ボン・ジョヴィ)の大合唱が客席から響き渡るからだ。サッカーファンの不満は、実に〝アメリカらしい〟スポーツエンタメの手段で打ち消された格好だ。
アメリカのスポーツを語る上で近年欠かせないのがスポーツベッティングだ。2018年に連邦最高裁が州によるスポーツベッティングの合法化を認めて以降、その市場は爆発的に拡大した。
現在では約40州で合法化され、試合中継にオッズが表示されることも珍しくない。今大会中もハイドレーションブレイク中に更新されたオッズが発表され、新たなベッティングへ視聴者を誘う仕組みが施されている。
そして、今大会は史上最も大きな賭け金が動くスポーツイベントと報道されている。これまでサッカーそのものに興味を持たなかったアメリカ人が、ベッティングをきっかけに積極的に観戦する様子も目にする。
単純な試合の勝ち負けにとどまらず、最初の得点者やイエローカードの枚数、そしてコーナーキックの本数など、細かい結果も対象となる。そのため、シカゴのバーで観戦した試合でも、ゴールの場面に限らず、コーナーキックを獲得したシーンですら店の至る所から雄たけびと悲鳴が聞こえてきた。
ほかの大きなトピックスといえば、7月19日の決勝戦ではマドンナ、シャキーラ、BTSによるハーフタイムショーが予定されていることだ。毎年NFLのスーパーボウルで行なわれるトップアーティストによるミニコンサートだが、ついにW杯の場にも登場することになる。
ただ、こうした〝アメリカ的エンタメ化〟が、同国のエンタメ界で今まさに起きている問題をW杯の場にも生じさせているのは皮肉だ。
そのひとつがチケット価格の高騰だ。チケットの転売が合法であるアメリカにおいて、プロスポーツやコンサートのチケットは転売サイトによって頻繁に取引される。
今大会はFIFA自身が転売プラットフォームとなっているが、その値段はグループリーグでも1000ドル(約16万円)を超えることも珍しくなかった。
シカゴのバーで観戦していたポルトガルサポーターのマイクさんは、ため息交じりに語る。
「チケットがあまりにも高すぎる。妻と子供を連れていったらとてもじゃないけど払えない。クリスティアーノ・ロナウドを見たかったのになあ」
転売価格がつり上がるせいで買い手が購入を踏みとどまった結果、スタジアムに空席が生じる「ブルードット・フィーバー現象」も起きた。
転売サイトの座席表が「青い印=空席」であふれる様子から名づけられたこの現象は、近年のアメリカのエンタメ界でも頻発し、ある大物アーティストも、空席の多さによってツアー中止の判断を余儀なくされるほどだった。それはW杯も例外ではなく、一部のスタジアムでは、ぽっかりと空いた区画が散見された。
ニューヨークのニュージャージー・スタジアム。試合カードによっては空席が目につく
FIFAのアメリカへの接近はビジネスの枠にとどまらず、近年は政治の文脈でも急速に距離を縮めている。
24年、FIFAは大会運営の拠点となるオフィスをフロリダ州マイアミに開設した。アメリカに常設オフィスが置かれるのは初めてのこと。25年にはニューヨーク・マンハッタンのトランプ・タワーに代表オフィスを設けた。
FIFAのインファンティーノ会長は「トランプ政権との結びつきは大会の成功には不可欠だ」と語り、その緊密ぶりをアピールするかのごとく、第1回FIFA平和賞をトランプに授与している。
今大会期間中も、インファンティーノ会長がトランプ政権の中枢を担うマルコ・ルビオ国務長官やカッシュ・パテルFBI長官と試合を観戦する様子がニュースになると、FIFAの中立性を疑問視する声も上がった。
ただ、FIFAがアメリカ政府との距離を縮める背景には、大会運営上の現実的な事情がある。観客動員や収益の面でも史上最大規模となる今回のW杯は、3ヵ国開催という特殊性もさることながら、中心国のアメリカについては、警備、ビザ発給、入国審査、都市間移動、各自治体との調整など、大会そのものを成り立たせるために越えなければいけないハードルがあった。FIFAにとってトランプ政権との協調は、大会成功の不可欠な条件だったのだ。
スタッフの入国制限や、アメリカ拠点の合宿地が急遽メキシコに変更させられ、試合前後で過酷な移動を強いられるなど、不当な扱いを受けたイラン代表。それでもサポーターは声援を送った
今のアメリカは、W杯の開催地としては、それだけ〝ナイーブ〟な国であるとも言える。例えば、トランプ政権の厳格な国境政策の影響でスタジアムを訪れることができないサポーターが発生した。
アメリカと交戦状態にあったイランをはじめ多くの国々からのサポーターの入国が制限されている中、試合のチケットを持っていてもアメリカ国内に入れなかったという事例が数多く報じられた。
アメリカに入国拒否された審判オマル・アルタンさんは10日にソマリアへ帰国、首都モガディシオでは市民に英雄として迎えられた
サポーターにとどまらず、大会で主審を務める予定だったソマリア国籍のオマル・アルタンさんはフロリダの空港で入国を拒否され、帰国を余儀なくされた。有効なビザを持ち、アフリカ最優秀審判にも選ばれるなどの実績もあったアルタンさんのニュースは開幕前に大きな衝撃を与えた。
シカゴのバーで出会ったメキシコ系アメリカ人のディエゴさん(男性、冒頭のディエゴさんとは別人)は、USAのユニフォーム姿でこう語る。
「W杯は本来世界が手を取り合ってひとつになるはずの舞台だった。開催がアメリカ、メキシコ、カナダに決まった18年はそんな希望を持ってたけど、フタを開けてみたら、開催国間の緊張は歴史的に見ても最大のものになっているし、大会から締め出されてしまってる人だってこんなにいる。あんなに楽しみにしてたW杯が政治の渦にのみ込まれた気がするよ」
それでもアメリカ代表が得点すると、ディエゴさんは周りの客とハイタッチを繰り返し、喜びを爆発させていた。
北中米W杯の開催を誘致した共同誘致委員会はアメリカ、カナダ、メキシコを「歴史と文化で結ばれた3つの誇り高き国」と表現した上で、開催理念を「団結、確実性、そして機会」と発表したが、多くの課題を抱えたままであることは間違いない。
ただ、スタジアムの中はもちろん、街角のバーに足を運べば、その熱狂には国境がないことを存分に体感できる。国籍も人種も言語も異なる人々がひとつのゴールに歓声を上げ、時に肩を組み、杯を交わす。この光景は1994年開催時のアメリカにはなかったものかもしれない。
Saku YANAGAWA 1992年生まれ。アメリカ・シカゴで活動する日本人スタンダップコメディアン。シカゴのクラブにレギュラー出演しながら、全米でツアー公演を行なう。2021年、フォーブス・アジア「世界を変える30歳以下の30人」選出。著書に『スタンダップコメディ入門』(フィルムアート社)や『どうなってるの、アメリカ!』(大和書房)ほか。公式Instagram【@saku_yanagawa】