国家インフラも標的に! 世界AIサイバー戦争は中国・ロシアの完敗、アメリカだけが笑う!?

取材・文/川喜田研 写真/共同通信社 Adobe Stock

アメリカはAIを軍事利用しており、ベネズエラやイランでの軍事作戦で大きな成果を上げているアメリカはAIを軍事利用しており、ベネズエラやイランでの軍事作戦で大きな成果を上げている
アメリカのテック企業・アンソロピックが開発した超高性能AIの「ミュトス」。システムのバグを恐ろしいほど短時間で見抜く力は、安全保障のあり方をも変えるといわれている。

進化するAIは、サイバー空間と実際の戦地でどう使われるのか? 国家間の開発競争はどうなる? サイバー戦争の専門家に聞いた!

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【ミュトスの登場が突きつけた脅威】

最先端のAIが圧倒的な破壊力を持つ"兵器"となり、安全保障上の深刻な脅威となる時代がやって来た。

その事実を世界に突きつけたのが、アメリカのテック企業・Anthropic(アンソロピック)が今年4月に発表した最先端AI「Claude Mythos(クロード ミュトス)」の登場だ。

サイバーセキュリティ能力を極限まで高めたミュトスのプレビュー版は、これまで人間が発見できていなかった「ゼロデイ」と呼ばれるITシステムに潜む未知の脆弱性(ぜいじゃくせい/バグ)を次々と発見。しかも、その脆弱性を突いて攻撃するソースコード(プログラム)を自律的に生成する能力を備えていることも明らかになったのだ。

「この能力はサイバー戦争が激化する現代で極めて強力な武器となります」と語るのは、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)などの著書がある、国際ジャーナリストの山田敏弘氏だ。

「2022年にOpenAIがChatGPT-3.5を一般公開して以来、大規模言語モデルを使った生成AIは飛躍的な進歩を遂げました。

当初は幼児レベルの能力だったものが、瞬く間に大学院生レベルを超えていき、人間の専門家レベルを超えるのも時間の問題だと思われていた。

そこに登場したのがミュトスで、ソースコード解析能力を大幅に高めた結果、一流のハッカーをはるかに超えるハッキング能力を備えたAIが生まれたのです」

「クロード・ミュトス」のような「フロンティアAI」を開発できる企業は現状、アメリカに数社しかない「クロード・ミュトス」のような「フロンティアAI」を開発できる企業は現状、アメリカに数社しかない
具体的にどんな脅威となりうるのか? 

「今や社会を支えるインフラのほとんどがデジタル化された基幹システム上で動いており、IT技術に依存しています。

これらのシステムに隠れたゼロデイの『穴』を見つけ、そこからサイバー攻撃を仕掛ければ、敵対国の金融システム、電力網、病院、通信などのインフラに深刻なダメージを与えることができる。

そのため、これまでは国も企業も優秀なハッカーを集めて、プログラムに潜むバグを探し、その穴をふさぐ『パッチを当てる』という作業を絶えず繰り返していました。

ですがミュトスは、人間をはるかに超えるスピードと精度でその膨大な作業をこなし、さらに攻撃用のプログラムまで瞬時に生成してしまう。もはやAIの進歩は取り返しのつかないレベルまで到達し、『パンドラの箱』が開いたと言えるかもしれません」

【戦争の最適化が加速】

最新AIの能力とそこに潜むリスクに注目が集まる中、アンソロピックは開発当初の4月、ミュトスの公開と使用を「信頼できる50のグローバル団体・企業」のみに限定。その後、適用される国や企業は広がり、日本政府もアクセス権を取得した。

そして、同社は6月9日に最新版の「ミュトス5」と、それと同じ技術基盤を持つ一般向けAIの「Fable 5(フェーブル ファイブ)」をリリースした。

だが、そのわずか3日後、アメリカの商務省が安全保障上の理由から、アンソロピックの社員を含む米国内外の「全外国籍者」による両モデルへのアクセスを遮断するよう輸出規制指令を発令した。

同社はこれに強く抗議したものの、最終的には全世界のユーザーに対して両モデルをシャットダウンするという事態に陥った。これに伴い、日本もミュトスへのアクセス権を失った。

しかし、同月30日には一転して全世界的に規制が解除されるなど、ミュトスへのアクセス権は今も不安定な状態が続いている。

アンソロピック社のダリオ・アモデイCEOと高市首相アンソロピック社のダリオ・アモデイCEOと高市首相
ただし、高性能AIが持つリスクの問題は、何もミュトスにのみ限った話ではない。

なぜなら、多くの企業が熾烈(しれつ)な競争を続けるAI開発の現状を考えれば、今後、ミュトスと同様の能力を備えたほかのAIが次々と登場することは間違いないからだ。

実際、5月にはOpen AIがミュトスとほぼ同等の性能を持つといわれるGPT-5.5-Cyberをリリース(利用は一部企業や団体のみに限定)。

"現代兵器"とも言えるこうしたAIの普及は、サイバー戦争をどう変えるのか? 前出の山田氏はこう語る。

「25年6月、アメリカ軍とイスラエル軍がイラン国内の核燃料施設の制御システムにサイバー攻撃を仕掛け、ウラン濃縮用遠心分離機を破壊する事件がありました。

このときは施設内のスパイが、USBに仕込んだマルウエアで攻撃しました。ですが、ミュトスのような最新AIを使って敵のシステムに侵入できれば、そのように人が動く必要はなくなりますし、それを起点にさまざまなサイバー攻撃が可能になります。

また、AI開発で最先端を走るアメリカに敵対する中国は今、人口約14億人に対して監視カメラが7億台という、ものすごい監視社会になっています。ミュトス級のAIがこの監視システムのバグを見つけてハッキングできれば、巨大な監視網を通じて国内のあらゆる状況が丸見えになってしまうでしょう」

最新AIによる安全保障上の脅威は、高いハッキング能力だけではない。

「すでにAIは戦場を変えています」と語るのは、明治大学サイバーセキュリティ研究所長を務める齋藤孝道教授だ。

「例えば今年1月、アメリカがベネズエラに対して行なったマドゥーロ前大統領拘束の軍事作戦。このとき、米テック企業パランティアの防衛・情報機関向けAI意思決定システム『Maven(メイブン)』と、アンソロピックの『クロード』が組み合わせて使われました。情報収集や分析、作戦の立案やドローン運用支援などが高精度で行なわれ、極めて高い効果を上げたといわれています。

この仕組みは、ウクライナ戦争の支援やイランへの攻撃でも活用され、AIを使った情報分析とターゲティングによる作戦立案・攻撃・評価サイクルの効率化が、多くの目標を短期間で攻撃することを可能にしました。

こうした軍事作戦における活用がサイバー攻撃と組み合わさることで、AIは国家安全保障上の極めて重要な存在になっているんです」

【アメリカによるAI覇権囲い込みが始まった!】

深刻な脅威となった最新AI技術の拡散が、世界情勢をより不安定にする恐れはないのだろうか? 齋藤氏はこう指摘する。

「少なくとも現時点で、『フロンティアAI』と呼ばれる最先端AI開発で優位なのはアンソロピックやOpenAIを筆頭としたアメリカの数社ですが、中国との差は数ヵ月程度に縮まっています。

ただし、AI開発に必要な巨額の資金と優れた人材、そして今やAI開発に欠かせないGPU(画像処理半導体)の製造能力などを総合して考えると、アメリカが圧倒的に優位にあるというのが現実でしょう」

もちろん今後、半年から数年で中国もミュトスのようなAIを開発できる可能性は十分にあるだろう。だが、AI開発に必要なリソースの大きな差を考えると、「中国がアメリカと横並びになるのは難しいだろう」と山田氏と齋藤氏の両者は推測する。

5月に北京で行なわれた首脳会談でのプーチン大統領と習近平国家主席。両国とも、AIの開発競争はアメリカに後れを取った形だ5月に北京で行なわれた首脳会談でのプーチン大統領と習近平国家主席。両国とも、AIの開発競争はアメリカに後れを取った形だ
また高性能AIは、ロシアや北朝鮮のように外交面で孤立した国家が独力で作り上げるのは非常に困難だという。

「その上でアメリカは、最新のAI技術が自国の優位を維持する上で極めて重要であることを理解している」と齋藤氏は指摘する。

「これまでAIの開発は、民間企業を中心に巨額の投資を集めて進められてきました。ですが、今年2月にAIの軍事利用を巡ってアンソロピックと国防総省が対立したり、6月にはミュトス5とフェーブル5に商務省が規制をかけるなど、政府の介入が強まっている。

この一連の動きは、安全保障上極めて重要な『フロンティアAI技術』を管理下に置き、自国の優位のために囲い込もうという、アメリカ政府の強い意志の表れなのだと思います」

ちなみに、アンソロピックは今年2月、国防総省から同社のクロードを「大規模国内監視」と「標的選定・発射決定における人間の監督なしの完全自律型兵器システム」にも使用可能にするように契約変更を要求され、これを拒否。その結果、同省の調達契約先から排除されたことになっている。

ところが、実際にはその後も「クロードの代替となるAIの準備ができるまで」という条件で同社のAIの軍事利用は続いているという。

つまり、アンソロピックが「使用を拒否する」と言っても、すでに軍のシステムの中に深く組み込まれた状態では使用を拒否することはできず、契約上の制約は現実の前に無力化されているわけだ。

AIという兵器を囲い込み軍事的なプレゼンスを強めたいアメリカの下、AIの「軍需産業化」は止まらない。AIサイバー戦争はアメリカのひとり勝ちとも言える状況が、すぐそこまで来ている。

  • 川喜田 研

    川喜田 研

    かわきた・けん

    ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。

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