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鮮やかな桜と富士山が描かれた「堀田湯」の浴室(写真提供/株式会社堀田湯)
かぽ~ん。戦後から公衆浴場として親しまれた日本独自の風呂文化「銭湯」。しかし、昔ながらの店舗は次々と閉業、"絶滅危惧種"となりつつある。
そんな中、「町の銭湯」ならではの魅力を信じ、さまざまな改革に挑む「老舗の3代目当主」たちがいる。30代、40代の彼らはなぜ銭湯文化に寄り添うのか? その改革の中身とは? 銭湯大好きライターがガッツリ取材した!
2023年10月某日、東京都足立区西新井。下町の商店街に立つ、1942年創業の老舗銭湯「堀田湯」の前に、若い女性が長蛇の列を作っていた。それは、同店と世界的な化粧品メーカー「SABON(サボン)」とのコラボイベントだった。
店内は丸ごとSABON仕様にラッピングされた。脱衣所には花々が飾られ、名物の露天風呂は、影絵の手法でチョウが舞う幻想的な光と影の空間に変貌。バニラの香りが漂うとろりとした湯が満たされ、サウナ室には心落ち着くBGMが流れる。
訪れた客は「普段なら自宅でちびちびと使うようなSABONの高級スクラブ(ボディ用洗浄剤)を、下町の銭湯でぜいたくに試せるなんて」と目を輝かせた。
「堀田湯」の正面入り口。洗練されたモダンな黒の格子とネオンサインが特徴(写真提供/株式会社堀田湯)
「閑散とした街で、女性が2時間半もお風呂待ちをするんです。地元のおばさんたちも集まってきちゃって、『何が起きてんだ?』って(笑)」
堀田湯3代目当主の堀田和宣は当時をそう振り返る。この〝ラッピング銭湯〟をはじめ、堀田湯は従来の風呂屋にはなかった仕掛けを次々と打ち出している。
堀田が3代目を引き継いだ後、22年に店内を大規模リニューアル。薬草の香りが漂うサウナを新設し、水風呂は都内最深の160㎝へと一新した。立ったまま肩まで沈み、冷たい水に全身がすっぽり包まれる感覚は、一般的な浅い水風呂とはまるで違う。
サウナ好きなら、これだけでも足を運びたくなる。ほか、革新的なサウナのプロデュースで知られる団体「TTNE」とタッグを組んで、13、14人が入れるサウナ室を設計した。
この変革により、客数はリニューアル前の約7倍にまで跳ね上がったという。
「今、銭湯業界を引っ張っているのは、30代、40代の〝3代目の当主〟たちです」
銭湯研究家の町田忍はそう話す。高円寺「小杉湯」の平松佑介、鶯谷「萩の湯」などを手がける長沼兄弟、立川「梅の湯」の佐伯雅斗(まさとし/すべて東京)。変革の旗手には血縁3代目が多い。
一方で、血縁とは無関係の外部参入組も増えている。
学生時代からの風呂好きが高じて京都「梅湯」を引き継ぎ、地方の銭湯再生を次々と手がける湊三次郎。東京大学卒で大手シンクタンクに勤めた後、埼玉県朝霞市「あづま湯」を継いだ佐藤善太(よしたか)。彼らもまた、業界に新風を吹き込むキーマンだ。
本稿では、こうしたプレイヤーたちが、旧来の枠組みにとらわれない手法で風呂屋を再生させる動きを「銭湯3.0」と呼びたい。
全国の銭湯の軒数は、1968年の1万7999軒をピークに激減、今年4月時点で1493軒と、最盛期の1割にも満たなくなった。その理由は一般家庭の内風呂の普及や、店主の高齢化だけではない。町田がこう明かす。
「銭湯には、土地を持つ地主が別の経営者に店を任せる『預かり』と呼ばれる形で営業している店舗も少なくありません。この場合、客がどれだけ減っても、経営者は地主に毎月定額の賃料を支払うケースもあります」
ただ、土地の有効活用を考える地主にとっては、銭湯をやめてマンションへ転用するほうが合理的な場合もある。
「そうなると、現場が改装したくても地主の同意を得られず、老朽化したまま営業を続けざるをえないケースも少なくありません」
銭湯の敷地は、都内では150坪前後の一等地であることが多い。ここに目をつけた不動産会社やブローカーが、ジリ貧に陥る店主たちへ激しい営業攻勢をかける。儲からず先も見えない銭湯事業よりも、確実かつ楽に収入が見込める不動産運用に切り替えたい――この誘惑が銭湯の消滅をさらに加速させていた。
そんな流れにあらがい始めたのが、「銭湯3.0」の面々だった。
堀田湯3代目の堀田は、最初から銭湯への愛着を持っていたわけではない。
子供の頃、父親は仕入れてきた廃材を丸ノコで黙々とまきに切り刻み、母親は早朝から風呂掃除に追われていた。午後2時から深夜0時まで営業し、片づけを終えて両親が眠りにつくのは午前2時。それだけ働いても当時の入浴料はわずか300円ほどだった。
「絶対に割に合っていない。こんな仕事、絶対に継いじゃいけないと思っていました」
「堀田湯」3代目当主の堀田和宣氏(写真提供/株式会社堀田湯)
堀田は大学時代に2社を起業する。そのひとつが、高校の同級生だった前澤友作らと始めた、後の「ZOZO」へとつながる物販ビジネスだった。大学4年だった98年には、ブライダル業界を牽引することになる「テイクアンドギヴ・ニーズ」の創業に参画し、わずか3年余りで上場。ハウスウエディングという新たな市場を切り開き、事業家としてのキャリアを積んだ。
そんなある日、父親から連絡が入る。
「銭湯をやめようと思う」
堀田は合理的な判断だと思い、こう答えたという。
「いいんじゃない? 壊してマンションでも建てようよ」
ところが、解体を前に、久しぶりに実家の風呂に浸かったとき、堀田の心境が変わる。
湯気の向こうでは、かつて顔なじみだった下町のおじさんたちが、すっかりおじいさんになった今も変わらず気持ちよさそうに湯に浸かっていた。そこには、昔と変わらぬ日常が残っていた。
「この場所をなくす必要はないんじゃないか」と、ふと思った。何より、お風呂に入って嫌な顔をしている人はひとりもいない。それは自身が手がけてきた結婚式ビジネスとも重なった。
「どうしたら人に喜んでもらえるか。考える対象が、チャペルから湯船に変わるだけ。心地よさを追求するプロセスは、ブライダルも銭湯も同じだと気づいたとき、自分にもできそうだな、と」
家業の継承を決意したが、銭湯経営は素人。一から基本を学ぶため、堀田はある男の門を叩いた。高円寺「小杉湯」の3代目、平松佑介である。
「私にとって、平松君はお風呂の師匠です。小杉湯のすごさは徹底した清潔さ。何年たっても変わらないあのきれいさこそが、銭湯の原点だと教わりました」
新しい堀田湯が掲げたのは、「この街を、温める。」というコンセプトだ。地元の商店街を網羅した街歩きマップを1万枚配り、風呂上がりの客を近隣の飲食店へ送り出した。すると、向かいの家に住む若夫婦がガレージを改装してバーを開業するなど、地域を巻き込んだ相乗効果が生まれた。
そして、浴室や脱衣所の空間そのものを、企業の広告枠とした。
「風呂場にスマホは持ち込めないし、体を洗うときは必ず目の前の鏡を見る。これって〝視聴率100%〟のメディアなんです」
そうして店内に復活させたのは、洗い場の鏡の下に広告主の名が入る、昭和さながらの鏡広告だ。広告料は、大手企業は30万円、足立区内の企業は10万円、地元の個人店は無料とメリハリをつけた。
3代目・堀田氏が復活させた洗い場の鏡広告。大手企業から年間30万円を徴収する一方、地元・西新井の商店街の個人店には「無料」で開放している(写真提供/株式会社堀田湯)
先述した、のれんから浴室内までを特定の企業仕様に変える〝ラッピング銭湯〟も、1回100万円のセット料金で新たな収益源となり、「今度はどの企業が来るの!?」と地元の高齢客を沸かせている。
大手企業や世界的ブランドとコラボし、のれんから浴室内までを丸ごとジャックする「ラッピング銭湯」。木曜から日曜の4日間のイベントパッケージで100万円規模の広告収入を得る堀田湯の収益源だ(写真提供/株式会社堀田湯)
堀田湯で実績を上げた堀田の元には、各地から続々と継業の依頼が舞い込み始めている。そのひとつが、老舗「大黒湯」(東京都目黒区)だ。引き継ぐ際、不動産デベロッパーからは「1階を銭湯、上階はマンションのビル型にすべき」と、収益性を優先した提案が持ち込まれた。しかし、堀田は拒否した。
「古い木造の宮造りや、高い天井、庭にある立派な松の木。昔ながらの風情を残して受け継ぐことに意味がある」
今、年内の再オープンに向けた準備が進んでいる。
「マンションよりも銭湯のほうが儲かる」
「2代目の口癖って、『うちなんて何もない』なんです。いやいや、足を伸ばして入れる大きい湯船があるじゃないの?って私は思う」
そう話すのは、立川「梅の湯」3代目で、東京都公衆浴場業生活衛生同業組合の常務理事、佐伯雅斗だ。
「〝レトロ〟はありだけど、〝ボロ〟はダメ。初代がつくり、2代目が守ってきたものの価値を見つけ直して磨く。それが3代目の仕事です」
「梅の湯」3代目当主で、東京都公衆浴場業生活衛生同業組合の常務理事も務める佐伯雅斗氏
自身が継いだ梅の湯では、ロビーに約1万2000冊の漫画を並べ、生ビールなどの飲食も用意。「風呂上がりも長居したくなる空間」を提供し、客数を伸ばしてきた。
佐伯はその再生術を自店にとどめず、第三者の浴場へも広げている。「桜湯」(東京都府中市)と「松の湯」(東京都練馬区)の継業だ。どちらも前店主の急死によって、約2年間放置されていた。
「シャッターを開ければ水回りは塩素などがこびりつき、火もつかなければお湯も回らない。桜湯なんて浴室はカビだらけで恐ろしい状態でした」
松の湯では4台あるサウナの機械が全滅し、3台を修理しただけで約900万円かかった。ロッカーの入れ替えや電気系統の修繕も含め、営業再開までに約2000万円が飛んだという。
そもそも、なぜ他人の銭湯にそこまで金をかけて再生するのか。佐伯には、「誰もやらないなら、自分がやるしかない」という思いがあった。
「組合本部にいた僕らの最大の使命は、廃業する風呂屋を一軒でも減らすこと。『誰かやってくれ』と言われた店を、『儲かりそうもないから』と断るわけにはいかなかった」
その立て直しには、慎重な取捨選択を迫られた。
「まず、金のかかる浴室は極力いじらない。洗い場までいじったら2000万円じゃ全然済まない。でもタイルは磨けば見違えるほどきれいになるから、風呂場はクリーニングを徹底してそのまま使い、店の印象を左右する脱衣所やロビーの壁紙、ロッカーの刷新に投資を集中させました。
よく『客が来るようになったら直す』と言う店主がいますが、それではダメです。施設商売である以上、先に投資してお客さんを呼び、その利益をまた店に戻す。ケチらず、利益をお客さんのために還元し続ける姿勢が銭湯経営には必要なんです」
こうした手法で、桜湯も松の湯も客数は再生前の5~6倍に跳ね上がった。
銭湯は、客が1人でも1000人でも、湯を沸かし、照明をつける基本コストはほぼ変わらない固定費ビジネスだ。佐伯によれば、採算ラインの目安は1日約100人。そこを上回る常連客をつかめれば、経営は一気に安定する。佐伯はこう断言する。
「マンションの賃貸経営をするより、銭湯を再生させたほうが高い収益を得られます」
だが、佐伯が目指すのは、ただ儲かる銭湯ではない。
「若い人が無理して続けるんじゃなくて、そこでちゃんと食べて、結婚して、子供が生まれて、その子を育てていける。僕はそういう風呂屋を残していきたいんです」
そこで佐伯らが始めたのが、東京都浴場組合が主催する「銭湯の担い手養成講座」だ。銭湯の現場で経営や営業ノウハウを学び、修了後は不動産市場には出回らない継業物件の情報にもアクセスできる。
この講座に、異色の経歴の男がやって来た。東大卒、元大手シンクタンクのコンサルタントで、24年8月に埼玉県朝霞市「あづま湯」を引き継ぐことになる、佐藤善太である。
佐藤は、日本総合研究所などで官公庁向けのコンサルティングに12年間携わった後に脱サラ。昨今のサウナブームを機に自身も風呂好きになり、評論や支援をする側ではなく、自ら事業を動かしたいと銭湯経営に目をつけた。
「担い手養成講座」で佐伯から経営や現場のイロハを学び、修了後、継業案件を待つこと約1年。ようやく巡ってきたのが、あづま湯だった。
東武東上線・朝霞駅から徒歩2分という好立地で、無料駐車場を19台設置。広いサウナや水風呂、露天風呂があり、平日でも200人以上が訪れる。物件を見た佐伯も「これは誰でもやりたがる」と太鼓判を押したほどの優良店だった。
ただ、2代目の病気による引退を機に跡を継いだ3代目が、朝から晩まで続く重労働に音を上げ、継業を希望した。そこで、佐藤は元コンサルらしく数字をはじいた。
「売り上げを倍にしないとやっていけないなら厳しい。でも、20~30%伸ばせば、自分の給料を取っても店にお金を残せる。それなら、十分に勝算はある、と踏みました」
東大卒、元大手シンクタンクのコンサルタントという異色のキャリアを持つ「あづま湯」3代目当主の佐藤善太氏
では、その2~3割をどう積み上げるか。
堀田湯のような派手な企業コラボも、大規模な改装もない。佐藤が始めたのは、客が感じる小さな「不便」をひとつずつ潰す作業だった。
浴室にはメガネ置きや荷物用フックを増設し、無料のシャンプーとボディソープ、女湯側にはメイク落としも常備。
外気浴スペースにはインフィニティチェア(無段階リクライニング式のアウトドアチェア)に加え、暑さ対策としてうちわと扇風機2台を設置した。脱衣所ではドライヤーを2台から3台へ増設。濡れると乾きにくいロッカーキーのゴムひもは、数十万円を投じてすべてカールコードへ刷新した。
「あづま湯」の露天風呂、外気浴スペース
さらに紙の回数券をデジタル化し、ロビーにはスマホ用の充電スポットを配備。電気風呂の刺激を強くする「ストロングDAY」、サウナと水風呂の「アツアツキンキンDAY」を企画する一方、「水が冷たすぎる」という客にはやや水温を上げた「ゆったり水風呂DAY」で応える。
佐藤自身も「熱波師検定A」の資格を取得、自らサウナ室でロウリュウを行ない、キンキンに冷えた氷水を客の頭にかけて回るサービスも始めた。
どれも一見地味だが、通う客には妙に刺さる。「そうそう、ここを直してほしかったんだ」と思う箇所が、来るたびに少しずつ改善されていく。そんな小さな積み重ねが、常連客の心をつかんでいった。
その成果は、数字にも表れた。継業して21ヵ月で客数は約30%増に到達。2年目には、自身の給料を増額しても、安定的に店へ利益を残せる水準まで引き上げた。
だが、難題は残る。
「郊外のスーパー銭湯がタトゥーを禁止した結果、うちではサウナ室の半分以上が入れ墨客という日も出てきた。その中には浴室や脱衣所での飲酒やスマホ通話など、看過できないルール違反をする方も少なくなかった」
脱衣所で通話する常連を注意しては、館内に響く声で怒鳴り返される。そんな修羅場は一度や二度ではなかった。
「マナーの悪いお客さんへの対応には正直、精神的なストレスで胃が痛くなります。でも、何も言えなかったら、一般のお客さまが離れてしまう」
佐藤は男湯の入り口に「携帯 スマホ禁止」と大書した自作の派手なのれんを掲げた。マナー違反をひとつずつ潰す戦いは、今日も続いている。
マナー違反を防ぐために佐藤氏が「自作した」というド派手なのれん
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「銭湯3.0」の担い手たちの元には、新たな継業案件が次々と舞い込んでいる。京都「サウナの梅湯」を再生した湊三次郎の「ゆとなみ社」、西小山「東京浴場」を継いだ「ニコニコ温泉」など、多店舗化する動きもある。
西小山の商店街になじむ「東京浴場」
「東京浴場」。一度は休業に追い込まれた古いハコを、再生専門会社「ニコニコ温泉」が買い取り、現代的なエンタメ空間へとリノベーションした
「3代目や新たな担い手が銭湯を立て直し、そこで培ったノウハウを次の店にも生かす。そんな銭湯再生のチェーン展開が広がっています」(前出・銭湯研究家の町田忍)
では、銭湯の減少は止まるのか。佐伯はこうみる。
「まだ減るでしょう。でも、減少のペースは確実に鈍くなっている。意欲を持って投資や工夫を続ける銭湯は、生き残っていけると思います」
斜陽の流れにあらがう「銭湯3.0」のプレイヤーたちは、どこまで踏ん張れるか。
(敬称略)
「東京浴場」。脱衣所の壁を壊して増設された休憩室には約7000冊の漫画ライブラリーや、手作りの漫画喫茶風の半個室スペースもある