他者との違いを楽しみ、独自の視点で日常を軽やかに生き抜くための一冊! 『斜め45度の処世術』(著:小川哲)

取材・文/矢内裕子 撮影/宮下祐介

「本を読むことは、知識や物の見方を増やす上ですごく効率がいい。それは社会的に成功するためとかお金を稼ぐためというよりは、人生をより豊かにするためだと思っています」と語る小川 哲氏「本を読むことは、知識や物の見方を増やす上ですごく効率がいい。それは社会的に成功するためとかお金を稼ぐためというよりは、人生をより豊かにするためだと思っています」と語る小川 哲氏

『地図と拳』で直木賞を受賞した小川哲(さとし)氏の活躍が止まらない。本屋大賞にノミネートされた『君のクイズ』(朝日文庫)が5月に映画化、創作論の著書『言語化するための小説思考』(講談社)は10万部を超えるベストセラーになった。

本書『斜め45度の処世術』は小川さんの初エッセイ集だ。書籍タイトルについて説明する「はじめに」から、クイズが入った「おわりに」まで、小川氏ならではの「ひねくれ感」にあふれている。

* * *

――「説明上手になるには」「つまらない話を考察する」「苦手な雑談をやり過ごす方法」など、誰もが日常生活で出合う出来事について、意表を突く視点で考察しているのが面白かったです。初の連載エッセイで、意識したことは?

小川 依頼された雑誌『Pen』の角度をつけてカルチャーを追う姿勢や、雑誌が想定する読者像に僕自身が近い気がしたので、伸び伸びと書けました。

途中で連載ページが前のほうに移動したので、「評判は悪くなさそうだ」と思いました。といっても、作家としての勝負は一冊の本になってからなので、そこまで雑誌内での位置を気にしていたわけではないんですが。

――作家のエッセイというと、行きつけの店や同業者との交流をつづるものが少なくありませんが、小川さんは「ある出来事」を抽象化し、その構造を考えるスタイルが特徴的です。

小川 自分としては、そこまで意識していないんですよ。ただ、僕が書くエッセイの中で、新しい情報を提供することは難しい。小説家だからこそ書ける視点のものを書きたい、とは思っていたかもしれません。

――小説とエッセイで、アウトプットの違いはありますか。

小川 エッセイも長めのものは大変ですが、この連載は短いので気楽でしたね。

何より、エッセイは語り手である僕と書いている僕が同一人物なので、考えにフィルターがかかりません。小説だと登場人物の性格や立場でフィルターを通す必要があるのでこれが大変苦しい。

――「人間関係に悩むのは傲慢である」という文章では、小説の感想や自分への否定的なコメントに対して、距離感を持って接する考え方が書かれています。小川さんはラジオなど、いろいろな媒体に出演されていますが、「苦手な人」はいないのでしょうか。

小川 あまりいませんね。強いて言えばプライドが高すぎるような人は、思ったことをそのまま伝えづらいので苦手と言えるかもしれません。

逆にそうした人でなければ大丈夫です。むしろ、考え方や視点が違えば違うほど、勉強になり、話も盛り上がりますね。

――考え方が異なる相手と話すコツは?

小川 「合わせよう」と思うのがそもそも間違いなんです。相手に合わせようとするとコミュニケーションは途端にきつくなる。意見が一致する必要はないのです。

大事なのは、「なぜその人はそう考えるのか」という根っこの部分に興味を持つこと。説得しようとかではなく、ただ相手を理解したい。よい学びの機会だと思っています。

もちろん、これは仕事で対談する機会が多いから言えることで、日常的に勉強モードでいるのはしんどい。普段仲良くするのは、ある程度、考え方の近い人のほうが気楽だと思います。

でも、たまに違う意見の人と話す機会があると、自分の視野の狭さに気づかせてもらえるんですよね。

――本書では「レジの人にカレーを作ると悟られたくないから、フェイクでブロッコリーを買う」といったエピソードもありました。筋金入りのひねくれ者だなと思いましたが、そういう性格はいつ頃から?

小川 遺伝ですね。父親も相当なひねくれ者だったので。父はジャズとクラシックしか聴かず、食事中に見ていいテレビはNHKだけ。中学生の頃、僕と妹が毎日牛乳を2Lくらい飲むことにブチギレて、「牛乳代を払え」と言ってきたんですよ。

だから、その時期、僕は父親にお小遣いから「牛乳税」を払っていたんですが、よく考えたらそのお小遣い自体が父親の給料から出ているんですよね。

これはまだかわいいほうで、父については表に出せない話がいっぱいあります。

――「人を嫌いにならないために、自分が距離を取る」「他人はコントロールできないから、自分の感情をコントロールする」といった、自分で解決できる方法も書かれています。一方で、世の中には家族や職場など離れるのが難しい、困った人との関係もありますよね。

小川 会社や家族など、すぐに離れられない人との問題は、今回のエッセイのテーマとは質が異なるんですよね。短い文章で軽くアドバイスできることではないので、僕が気軽に語るべきものではないと思っています。

ただ、ひとつの解として、小説を読むのはいいと思います。小説にはありとあらゆる人間関係と感情が描かれている。逃げられない状況で苦しむ登場人物に自分の思いが重なるだけで、少し楽になることもあります。

――改めて、小川さんにとって小説を読む効用とはなんでしょう。

小川 「こういう良いことがあるから読む」というのは、正しくない気がします。人それぞれの理由で読めばいい。

ただ、閉塞感を感じたときや自分の感情をうまく言語化できないときに、小説がそれを代わりに表現してくれることは確かにあります。エッセイでは書ききれない心境や歴史も、小説なら描くことができる。

――本離れ、といわれますが、本の未来はどうなるのでしょう。

小川 どうでしょうね。読書は時間もかかるしハードルが高い。けれど読書から得られる情報や感情の密度はものすごく高い。だからビル・ゲイツもバラク・オバマも読書するわけです。

僕自身は本を読むことは、知識や物の見方を増やす上ですごく効率がいいと思っているんです。それは社会的に成功するためとかお金を稼ぐためというよりは、人生をより豊かにするためだと思っています。

一冊の本を読んだら、著者と何時間、何日間も対話したような気持ちになれます。僕のエッセイにしても、話す内容を圧縮して書いたもので、大喜利でいうと「ほぼ100点の回答を集めた」状態でお渡ししているわけです。そういう意味でも効率がいいメディアだと僕は思います。

●小川 哲(おがわ・さとし)
1986年生まれ、千葉県出身。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞しデビュー。18年に『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞を、22年に『地図と拳』で第13回山田風太郎賞を、23年に同作で第168回直木三十五賞を、『君のクイズ』で第76回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。2026年には『君のクイズ』が映画化

■『斜め45度の処世術』
CEメディアハウス 1650円(税込)
小説家・小川哲の初エッセイ。「世間から2㎝浮いてる"SF作家"」が贈る苦笑いと共感が止まらないひねくれ者の処世術。「今日暑いですね」という雑談は意味がなさすぎて恥ずかしく、「取りあえず生」は思考停止に思えて腹が立つ......「そんなことを気にするのはおまえだけだ」と言われるこの世の中は作家にとってどうも住みづらい。そんな日々のモヤつきのかわし方を「ひねくれ界のひねくれ者」の独特な視点でつづるショートエッセイ集

★『“本”人襲撃!』は毎週火曜日更新!★

  • 矢内裕子

    矢内裕子

    やない・ゆうこ

    ライター&エディター。出版社で人文書を中心に、書籍編集に携わる。文庫の立ち上げ編集長を経て、独立。現在は人物インタビュー、美術、工芸、文芸、古典芸能を中心に執筆活動をしている。著書に『落語家と楽しむ男着物』(河出書房新社)、萩尾望都氏との共著に『私の少女マンガ講義』(新潮文庫)がある。

    写真/©吉原重治

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