
「目指すところはチャンプラリズム」。沖縄で公演チケットの完売が続くコント集団、お笑い米軍基地を手がける小波津正光(こはつ・まさみつ)の言葉だ。大国の狭間にあって、沖縄は生き残るため、歴史的にしなやかさ、したたかさが求められた土地であった。
第二次大戦後、今日に至るまで基地を抱え続ける沖縄は今、痛ましい辺野古沖転覆事故を経て大きな岐路に立たされているとも言える。基地をテーマに掲げ続けるコント集団は今夏、どのような公演に臨んだのか。現地から中村計が送るリポートの最終回。
沖縄において基地の話題は今も世代間格差はあるものの安易に触れることのできないタブーとして横たわっている。それは芸人とて、同じだ。FECの社長であり、芸人でもある山城智二(やましろ・ともじ)は言う。
「僕はまーちゃんより3学年上なんですけど、特に若かった頃、20代、30代の頃は思ってることがなかなか言えない世代でした。同級生同士で飲み会をしたとしても基地問題とか政治の話は意図的に避ける。思っていることを言っちゃうと賛成の人もいるし、反対の人もいるんで、ケンカになっちゃうじゃないですか。それをしたくないから本音は言わないようにしていました」
それだけに米軍基地をネタにしている小波津に対しては当然、逆風が吹くこともある。だが、小波津はこう決めている。
「俺は逆らわないですよ。追い込まれたとき、人はどうすればいいか。だいたいは2択じゃないですか。抗うか、迎合するか。迎合するというのも芸人としてはありだと思うんですよ。心の中であっかんべーしながら権力に擦り寄ったっていい。それも芸人の特性だし、才能。でも俺はそれもしない。
僕が考える最善の道は地下に潜ること。昔、地下芸人っていたじゃないですか。メインストリームじゃないけど、潜ったり隠れたりしながら芸人たちは生き延びてきた。なのに、今、地下芸人もSNSとかでみんな発信しちゃうでしょう。隠れ場所を自ら放棄しちゃうんです。いつからなんだろうね、事務所が芸人に毎日インスタをアップしてくださいねとか言うようになったの。
もともと、お笑い米軍基地なんか地下芸なんだから。未だに、ここで言ってること、やってることは絶対に外に漏らさないでねってやってる。大々的に宣伝してもらうような芸じゃない。俺はいっつも言うんだけど、芸人なんてゴキブリなんですよ。卑下しているわけじゃない。地を這いつくばってでも最後まで生き残る。それぐらいたくましいんです。平和学習も同じでしょ。抗ったって、またそこで新たな争いが生まれるだけ。
地下に潜って、時が過ぎるのを待てばいい。『ネオン街』というコントは、芸人としての自分の生き方を重ねてもいるんです。風向きが悪いときは逆らうなよ、潜れよって。で、絶対に生き延びるんだぞ、って」

自分の主義主張のために命を賭してまで徹底抗戦するのが運動家であり思想家だとしたら、小波津はその対極にいる。
「僕が目指すところはチャンプラリズムなんです」
沖縄芸能の巨星、照屋林助(てるや・りんすけ)が80年代に提唱した言葉である。誤読しないようあえて注釈を加えるが「イズム」ではなく「リズム」だ。小波津が続ける。
「チャンプルーという料理はあれもこれも入れて混ぜてるでしょう。沖縄の文化もそうなんです。考え方が異なる人たちからも、侵略者たちからでさえ、いいものは全部、取り入れてきた。中国からも、本土からも、アメリカからも。ウチナーンチュって『乗り』で生きてきたんですよ。だから、リズム。イズムではないんです」
沖縄は琉球王朝時代からいろいろな国の外圧にさらされてきた。チャンプラリズムはそんな変遷の中で生き抜いてきた沖縄の人々の生きる知恵でもある。
「抗っちゃったら、生き残れなかったと思うんです。そこは、しなやかに、したたかにやってきた。それって、芸人そのものじゃないですか。だからこそ、芸能の島になったんだと思うんです」
世界は今、不穏な空気に包まれつつある。2026年1月、アメリカの科学雑誌「原子力科学者会報」が作った終末時計は過去最短の「85秒」まで縮まったと発表された。
ただ、時代の緊張感が増せば増すほど、小波津の笑いは不敵な光を放ち始める。
「この前もメンバーの前で言ったんです。今こそ、俺たち芸人の力が試されるときなんだぜ、って。この時代をどう乗りこなすか。チャップリンはヒトラーが出てきたときに『独裁者』という映画を作って、その存在を示した。今、あのときと似ていると思うんです。
時代が、いい振りになっている。芸人にとって、こんなにおいしい状況はない。来るべき時代に対し、自分はどう対応できるのか。そこは怖さもあるけど、ワクワクもしている。今こそ、最高のお笑いができるんじゃないかという気もしているんです」
笑いの基本の「キ」は、緊張と緩和である。小波津は敬愛するビートたけしの言葉を持ち出し、こう語る。
「たけしさんもよく言ってるじゃないですか。葬式のときとかって、笑いが悪魔のように忍び寄る、って。人間って笑っちゃいけないときほど、笑いたくなるものでもあると思うんですよ。そこが人間のおもしろいところで。笑いづらい時代になればなるほど、悪魔が付け入る隙が生まれるんだと思うんです」
世界が暗転したとき、どんな高尚な言葉も、その暴走を止めることはできなかった。
ただし、時代がどんなに暗く、重くなったときでも、その足元に「悪魔のような笑い」を忍び込ませる隙間だけは残されているはずだ。
世界をすんでのところで踏みとどまらせることができるものがあるとしたら――。
『ネオン街』の中に登場する2人の老人は、誰がどう見てもおじーとおばーなのだが、店員は「女の子を2人付ける」と言ってしまった手前、性別を疑う客に対して、頑なに2人ともおばーだと主張し譲らない。そんな状況ゆえ、何度となくやりとりに綻びが生じ、そのたびに男は「やっぱり、おじーだろ!」と看破するのだが店員は判を押したように「おばー」ですと繰り返す。
その舞台には、ただバカバカしい笑いだけがあった。
