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贅沢品が資本主義を形作ってきた歴史を語る著者の坂出健氏
スタバに行くのか、ドトールに行くのか。日常の小さな選択の中にも、あなたの消費者としての態度や欲求が隠れている。人の「欲望」が資本主義というシステムの成立に果たした役割をたどりつつ、現代の消費社会を形づくるブランドの神話を解体した一冊が刊行された。
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――コーヒー貿易で重商主義を実践したオランダから、嗜好品の紅茶を世界に広めたイギリス、そしてハイブランドの文化を生んだフランス。本著では多くの時代、国に生まれた多種多様な商品について、人が持つ必要以上の「贅沢」への欲望を軸に分析しています。
なぜ、このような切り口で本を書こうと思ったのでしょうか?
坂出 資本主義の成立の仕方には大きく分けて、プロテスタントの禁欲的な宗教倫理を重視したマックス・ウェーバーと、戦争や奢侈(しゃし)が大きな役割を果たしたと考えるゾンバルトという学者の考え方があります。
私は主に後者の視点から、航空機などの戦争に関わる兵器産業を研究してきました。その中で、もうひとつの側面である贅沢品の歴史を通して資本主義の姿を明らかにしたいと考えました。
それにコロナ禍では物資不足で節約しようという機運が高まり、贅沢が一度は縁遠いものになりましたよね。そんなとき、経済を活性化させるためには金利引き下げなどの経済政策を打つことも大事ですが、やはりモノを買いたいという消費者の欲望そのものを喚起しなければ景気は上向きません。
大きな社会的変化もあったこの時期に、消費者のマインドセットがどのように動かされているかという仕組みに興味を持つようになりました。
――砂糖という贅沢品が世界に広まる過程で大きな市場が生まれ、産業が活性化していくことが例として取り上げられています。ただ、甘味というのは人が本能的に求めるもののように思うのですが、なぜ砂糖がとりわけ重要な存在になったのでしょうか?
坂出 確かに甘味はホモサピエンスの本能に訴えかける感覚で、果実や蜂蜜など自然界には甘さを持つものがたくさんあります。ただその中でも砂糖はサトウキビを主な原料としていて、大量生産がしやすかった。
気候的にも欧州諸国が入植した西インド諸島での生産が容易で、資本主義の成立過程で奴隷労働なども行なわれつつ大量生産されて世界に広まり、甘味の中で中心的な存在となりました。
そんな砂糖に中国産のお茶を合わせた紅茶で巨大市場を作ったイギリスを、「紅茶帝国主義」と本著では呼んでいます。
――そうして人類にとって普遍的な味覚となった甘味を、アメリカはコーラという形にして人々の欲望に応えるのですね。
一方、フランスでは贅沢品の極致とも言えるブランド品の文化がデパートを発信地として生まれます。これは人々のどんな欲望を刺激したのでしょうか?
坂出 これはヴェブレンという経済学者が指摘したことですが、働かなくてもお金が手に入るような「有閑(ゆうかん)階級」の人たちは、どうお金や時間を無駄遣いするかでお互いに自らの地位や権力を示し合います。
例えばフェラーリのような高級車を買う人の間では、車がちゃんと走ることよりも、故障して修理に何万円かかったとか、部品を取り寄せるのに何ヵ月かかったなどの苦労話が自慢の種になる。
ブランド品の場合、広告宣伝費などが上乗せされた高価なバッグを買うことで経済的な余力があると示すことができるため、人々の自己顕示欲を刺激するのです。
そしてこのような見かけの「演出」にお金を払うか、経済合理性に基づく「本質」にお金を払うかというのが、本著でスタバとドトールの例を用いて問うたことです。
スタバのコーヒーはドトールより割高に設定されていますが、店舗の洗練された雰囲気や都会的でイケているというブランドイメージから、無意識的に前者を選ぶ人が多い。これと同じような対立軸は、いろいろな分野に応用できます。
ただ、ここで私は各ブランドが原価をごまかして儲けていると糾弾したいのではありません。贅沢品をどう享受するかは、あくまで消費者の自由に委ねられていると考えています。裏側を知らないほうが消費を楽しめる場面もありますからね。
一方で分析する立場に立つと、贅沢品を求める人の心の動きが些細な出費であるコーヒーの選択にも表れ、その人の人間性や社会性が浮き彫りになるというのは面白いですよね。
――各国で広まった贅沢の消費文化は、日本ではどのような形を取ったのでしょうか?
坂出 日本では1980年代のバブル期に消費文化が花開きますが、その主な担い手はアメリカやフランスなどに対抗して反権威主義を掲げる、いわゆる全共闘世代でした。
この時期、無印良品などを生んだ旧セゾングループは「反流行・反ファッション」の潮流を牽引し、どう使うかを買った人に委ねる「消費者主権」のスタイルを確立しました。
こういう日本ならではの「ファッションでない部分がファッションになる」というカルチャーはユニクロにも受け継がれ、今や世界で支持を得ています。服飾に限らず、当時の文化の息遣いは今でもいろいろなところに残っていると言えるでしょう。
――今、消費の舞台はデジタル空間に移り、GAFAに代表されるテック企業による市場の独占が進んでいますが、消費文化はどう変わるでしょうか?
坂出 GAFAは人間の根源的な欲望に訴えかける仕組みを各アプリで実装しており、加えて圧倒的な便利さも提供してくれます。ただそれと引き換えに、私たちは膨大な時間とデータを差し出してアプリの性能向上のために働いているとも言える。
それに、好きな音楽すらもAIアルゴリズムで予測され提供されるなど、趣味の形成がプラットフォーマー頼りになっていることには良くない側面があると思います。
しかし同時に、この本が世に広まるためにはアマゾンの商品ページで多くの人の目に触れることが大事で、デジタルプラットフォームの用意した仕組みに乗ることが必要な場面もある。
それほど資本主義の中で強固な存在になっているわけですが、だからこそ今、消費者としての自由や自立とは何かという基本に立ち返る必要があると考えています。読者にもそれぞれの視点からこの問題について考えてみてもらいたいですね。
■坂出健(さかいで・たけし)
1969年生まれ、千葉県出身。92年、京都大学経済学部卒業。95年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程中退。博士(経済学)。専門は国際経済安全保障、アメリカ経済、経営史など。2023年から京都大学経済学部教授。アメリカを中心とする国際政治経済や資産運用会社の研究を行なっている。著書に『入門 歴史総合Q&A100』、共編著に『入門 アメリカ経済Q&A100〈第2版〉』『入門 国際経済Q&A100』(すべて中央経済社)などがある
■『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』
人は日々、自らの生存のために必要とされる以上の物を買い、食べ、使っている。人の欲望に訴えかけ、巨大な市場を形成してきた「贅沢品」の数々がつくられた歴史をひもとき、資本主義という巨大な「劇場」の構造を明らかにした一冊。発売後の好評を受け、本著の続編として光文社公式noteで現代の「贅沢消費」を分析する短期連載が開始。第1回のテーマは、サントリーが売り出して大ヒット中の炭酸飲料「ギルティ炭酸 NOPE」だ
『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』光文社新書 1100円(税込)
