ロサンゼルスでトレーナー、ルディ・エルナンデスの指導を受ける中谷潤人(M.Tボクシングジム提供) ロサンゼルスでトレーナー、ルディ・エルナンデスの指導を受ける中谷潤人(M.Tボクシングジム提供)

現在、日本ボクシング界は7人の世界王者がひしめき、さらにこれから世界を狙う逸材も豊富にそろうなど、黄金期ともいえる時代だ。そんな中、異色のボクシング人生を歩んできたのが、2月24日(東京・両国国技館)、バンタム級に転向して世界3階級制覇に挑む中谷潤人(じゅんと=26歳、M.Tボクシングジム)だ。

中学卒業と同時に単身渡米し、今も日本とアメリカを行き来してトレーニングを積む中谷に、昨年末から密着取材した。(全5回の3回目)

■「なぜ高校に通っていないのか?と......」

2024年1月3日、ふたたびM.Tボクシングジムを訪ねた。中谷は元日のみオフを取り、2日からさっそく練習を再開していた。

1月2日は中谷の26回目の誕生日。家族全員で近所の二本松八幡宮に初詣に出かけたそうだ。拝殿の前で手を合わせ目を閉じた。次戦の勝利をお願いすることはなかった。今日までボクシングを続けられていることへの感謝。ただそれだけを伝えた。

元日に発生した能登半島地震で、多くの被害、犠牲者が出たことに胸を痛めた。スパーリングパートナーとして来てくれていた、金沢市にあるカシミボクシングジムの英洸貴(はなぶさ・ひろき)の安否を確認し、胸をなでおろしたという。

「新年早々、思いも寄らない大きな災害が起きて大勢の尊い命が奪われた。今、自分が生かされていることは当たり前ではないと、あらためて意識しました。穴口(一輝)選手の事故(昨年12月26日の試合後に倒れ、2月2日に死去)もそうですが、ボクシングは命に関わる危険なことがいつ起きてもおかしくない。今生かされていることに感謝して、今できることを一生懸命取り組むことを大切にしたいと思いました」

3階級制覇がかかる次戦まで2ヵ月弱。中谷はこの翌日、ルディ・エルナンデスの待つロサンゼルスに向かい、1ヵ月間の合宿生活に入った。

およそ10年前。最初の恩師、石井広三の急逝後、中谷は新たな指導者を求めて渡米しようと考えた。KOZOジムに通っていた頃、在籍していたプロ選手がロスで合宿していたことを思い出し、「世界チャンピオンになる目標を最短で叶えるには、ボクシングの本場で修行するのが一番」と思い立ったのだ。

両親を説得し、最初は石井も現役時代に師事したマック・クリハラトレーナーの下で3週間指導を受け、現地でアマチュア大会にも出場し勝利した。その後、伝手を頼り紹介してもらったのがルディ・エルナンデスだった。

世界最高のカットマンとして有名なルディは、トレーナー、コーチとしても数々の世界チャンピオンを育ててきた。竹原慎二や畑山隆則ら、有名無名問わず、日本からもこれまで大勢のボクサーがルディの指導を求めてやってきた。ただし、プロテストも受けられない15歳という若さで弟子入りを熱望し、海を渡ってロスまで訪ねてきたのは、後にも先にも中谷だけだった。

「初めてルディと会ったとき、『なぜ高校に通っていないのか』と聞かれました。広三会長が亡くなった経緯を話して、広三会長と約束した世界チャンピオンになる夢を絶対叶えたい。そのためには本場で鍛えることが一番の近道だと思っている、と伝えました。話しているうちに本気度を認めてもらい、受け入れてもらえました。

当時は15歳で、プロテストを受験できる17歳まで2年あったので、その間アメリカで修行したいと考えていました。ただビザの関係で、2年間行きっぱなしはできない。ルディが冗談で、『だったらうちの養子に来るか』と言ったんです。『養子になればビザは取れるから』と。同席していた父親がそれを聞いて『ぜひお願いします』と返事をしたら、ルディが『本気か!?』みたいに驚いた顔をしたのを覚えています(笑)」

父親からは誰にも負けない自分をつくること、没頭できるものを見つけて精進することの大切さを教えられて育った。そのためにも「人と違うことをやりなさい」と。中谷はまさに父の教えを実践したのだ。とはいえ、まだ15歳。短期間の合宿ではなく、高校にも通わず長期に渡る異国でのボクシング漬け生活に、両親も最初は躊躇した。

しかし本人の意思の強さを確認すると、金銭的な支援を含めて全面的な応援を約束してくれた。以後は3ヵ月おきに日米を往復する生活を、日本でプロテストを受験する17歳まで続けた。

■週6日、午前も午後もスパー三昧

「ロスに来たばかりの頃は、やっぱり緊張感はありました。でも不安より期待のほうが大きかったです。コミュニケーションはスペイン語と英語なので大変でした。最初は、英語もスペイン語もまったくできないので、練習でも日常生活でも、疑問があっても伝えることも聞くこともできませんでした。もともと積極的に話しかけられるタイプでもないので、『まずはボクシングで認めてもらうしかない』と思い、ひたすら練習に集中することだけを考えていました」

ルディの弟はWBA、WBCの2団体で世界チャンピオンになり、通算11度の防衛に成功した名王者、ヘナロ・エルナンデスだ。ルディ自身もスーパーウェルター級で活躍しカリフォルニア州のチャンピオンにもなったが、弟をサポートするため早くに引退した。

エルナンデス一家は、カリフォルニア州ロサンゼルスのサウスセントラル地区に暮らしている。1992年に起きたロス暴動など、犯罪多発地区として知られるサウスセントラル地区は『ボーイズ'ン・ザ・フッド』などギャングや不良少年を主人公にした映画の舞台にもなっているが、面倒見の良いルディは地元の顔で、誰もが気さくに話しかけてくる。ダウンタウンの若者にとっては憧れの兄貴分的な存在だ。

「ルディのお父さん(ロドルフォ)の家に住まわせてもらい、部屋はルディの甥っ子と相部屋でした。家族みんな陽気で、毎日おじいちゃん(ロドルフォ)にジムまで送迎してもらいました。本当の孫のようにかわいがってくれました」

英語とスペイン語が飛び交う慣れない異国暮らしはボクシング以外やることもない。とはいえ、それを希望して飛び込んだので遊びに出かけることもなく、週一度しかないオフの日も体の休息にあて翌週に備えた。

ルディの指導はスパーリング中心の実戦スタイル。毎日リングで相手と対峙し技術を磨いた。

「週6日、午前も午後もスパー三昧。そこで自分のスタイルというか、実戦を通じて技術の引き出しをいっぱいつくってもらいました。アメリカ、メキシコ、キューバと、国籍の違うさまざまなタイプの選手がいたので、そういったボクサーと毎日練習できる環境は、日本とはだいぶ違います」

3ヵ月ごとに日本とアメリカを往復しつつトレーニングを続けた中谷は帰国後、当初の予定通り、17歳でプロデビューした。M.Tボクシングジムはルディ門下生がトレーナーをしていた縁で所属を決めた。大手ジムに所属することも考えたそうだが、中谷にとっては今後も継続してルディから指導を受けるための最適解だった。

デビュー戦(2015年4月26日)を1ラウンドKO勝利した中谷は、18歳のとき、全日本新人王決定戦(2016年12月23日)で矢吹正道に判定勝利。19歳のとき、初代日本フライ級ユース王座決定トーナメント決勝(2017年8月23日)でユーリ阿久井政悟に6ラウンドKO勝利。矢吹、阿久井という、のちに世界のベルトを巻くことになるふたりの日本人相手に勝利するなど着実にキャリアを積み上げた。

そして前述したように22歳でWBO世界フライ級王座獲得。新型コロナウィルス感染拡大の影響で2度延期され、試合前恒例のロス合宿ができないなか、ルディからはリモートで指導を受け、500ラウンドのスパーリングをこなしての勝利だった。

「体格を生かした遠い距離だけでなく、近い距離でも戦えるようになれたのはアメリカ仕込みかな、と思います。ただ、今もそうですが、ルディからは技術的なことよりも『こういう相手にはこういう戦い方をしたほうがいい』という戦術面を多く学んでいます。12ラウンドある中で、どう試合を組み立てるか、相手のどういう所を突けばいいか。いろいろ試しながら相手の特徴、嫌がることを探る。日本ではできないような貴重な経験を、プロ入り前から学べたことは大きかったように思います」

フライ、スーパーフライと世界2階級制覇を達成し、まもなくバンタム級で3階級目のベルトを狙う中谷は、現在も試合前は必ずルディの指導を仰いでいる。中谷にとってルディは、ボクシングの指導者というだけでなく、家族であり、人生の師匠でもあった。そんなルディの存在の大きさをより実感したのは、WBO世界スーパーフライ級王座決定戦、アンドリュー・モロニー戦の直後だった。

(第4回は明日配信!)

■中谷潤人(なかたに・じゅんと)
1998年1月2日生まれ、三重県東員町出身。M.Tボクシングジム所属。左ボクサーファイター。2015年4月プロデビュー。2020年11月、WBO世界フライ級王座獲得。2023年5月にはWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し2階級制覇達成。2月24日、東京・両国国技館にてアレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)の持つWBC世界バンタム級王座に挑戦する

会津泰成

会津泰成あいず・やすなり

1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。

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