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元Jリーガーで、現在は秋元康プロデュースの昭和歌謡グループ・SHOW-WAのメンバーとして活躍する青山隼の連載「果てしない延長戦」。現役時代の先輩や戦友をはじめ、各界で活躍する方をゲストに招き、「人生の転機」や「次への挑戦」をテーマに熱く語り合う。
引き続きゲストは、サッカー元日本代表の柏木陽介さん。2人の出会いやU-20時代の思い出を語った前編に続き、後編では浦和レッズ退団時の思い、岐阜の地を選んだ理由などを語ってもらった。
――現役時代は各チームで活躍し、サッカー選手として順風満帆に見えるようで意外と波乱万丈。柏木さんにとって、人生の転機はどこだと思いますか?
柏木 やっぱり浦和レッズ退団ですね。まず、2020年のコロナ禍で食事に行ったら週刊誌に撮られて、そのあと沖縄キャンプ中に外食したら規律違反で退団が決まって。若いときから主力で試合に出続けていたから、浦和愛が強すぎて視野が狭くなっていたんだよね。サッカー人生は浦和で終えたいって思っていたから、試合に出られないと「なんでこんなに浦和を思っているのに!」と感情的になって、人生の中で変えられるなら変えたい一年。めっちゃダメな自分だった。
青山 突然の退団も驚いたけど、そこからFC岐阜に行くとは思わなかった。
柏木 自分で選んで岐阜に行けたからこそ、信頼回復のためにどう変わらないといけないかを考えて、自分を見つめ直すことができたんだと思う。あの期間のおかげで今の自分がいる。岐阜を好きになって、家も建てたからね。あのまま浦和に残ってみんなに守られる環境にいたら、しょうもない人間になっていた可能性はあるなと感じていて。失敗にちゃんと向き合えたから、自分らしさを取り戻せたのかなと思うよ。
青山 当時、J1のチームからもオファーは来ていたの?
柏木 「待てば来る」と言われたけど、コンプライアンス的に厳しいってこともあって。コロナ禍に外食って犯罪ではないにしろ、当時はそれくらい厳しい目を向けられていたから。そんな中、FC岐阜の社長は退団の記事が出た3日後にすぐ連絡をくれて。「柏木さんからしたらJ3のチームでプレーするなんて考えられないかもしれないですけど、僕らは本当に来てほしいと思っています」って、その言葉に誠意を感じて。自分は何を大事にして生きてきたのかを考えたときに、やっぱり人との出会いやタイミング、言葉が響いて動かされてきたなって。発表は1ヶ月後くらいだったけど、心の中では早い段階で決まっていたんだよね。
青山 11年もいたチームから、突然退団するって相当なことだと思う。
柏木 レッズを離れるのは寂しいし、マジで悲しかった! ただ、「大丈夫?」とか「地域リーグでよければうちに来ていいぞ」って声もいただいてありがたいなって。最終的には奥さんと決めるという軸が自分の中であったから、「環境を変えて1からスタートするのもいいかもね」って話して。残りのサッカー人生も短いとわかっていたから、「来て欲しい」って思いを強く持ってくれた場所でプレーしたいなと。
青山 そうやって困ったときにいろんな人から連絡が来るのは、やっぱり陽介の人望や人徳だよ。俺もめちゃくちゃ気にはなっていたけど、バタバタしているだろうから落ち着いてからにしようと思っていて。
柏木 「お前アホやなぁ。どうしようもないな」って言いながら、みんな助けてくれた感じはあるけど(笑)。なんやろう、最近はイヤなことはイヤ、好きなことはやるみたいにハッキリしてきたし、常に自然体で生きている。だから、俺は"今の自分"がすごく好きなんだよね。
青山 岐阜ってやっぱりいいところなの? 試合でちょっと行ったことあるとか、SHOW-WAのリリイベで行くくらいで、ゆっくり過ごせたことはなくて。
柏木 岐阜はめっちゃいいよ! 自然がいっぱいで住みやすいし、ゴハン屋さんも安くておいしいところがいっぱいあるし、古民家を改装したおしゃれなお店もあって。あとは、バーベキュー日本一って言われていて、どの家庭もマイバーベキューセットを持っているんだよ。新幹線が止まる岐阜羽島駅があるから、東京まで2時間かからなくて便利だし!
青山 FC岐阜で3年プレーして、36歳で引退。その後も岐阜に残ると決めたのはどうして?
柏木 代表選手たちが続々と引退して、みんな同じセカンドキャリアを選んでも意味がないよね。岐阜での3年間はファンやサポーター、スポンサーさん含めてみんなに愛してもらって、次は地域のために何か貢献できたら自分にとってもいいと思って。ただやりたいじゃなくて、「どうしたら自分らしくいられる」のかを重視するようになったのかな。
青山 今は、FC岐阜のファミリーとして活動しているんだよね?
柏木 そう、「Value Accelerator」という役割でイベントとか指導とか、クラブと地域を盛り上げるための活動をして、県外のいろんなところに行って岐阜の魅力を発信しているよ。だからこそ、去年12月に岐阜メモリアルセンター長良川競技場で引退試合をやって、岐阜に1万6000人くらい集めることができて。スポンサーさんも70社ほど支援してくれてね。
青山 それはすごい!
柏木 東京ってたまに行くと刺激があっていい場所だけど、一軒家建てるなら田舎がいいよね。これからもずっと岐阜を拠点に活動していくつもり。ここを出るときは、何かやらかしちゃって追い出されるときくらいかな(笑)。
青山 あはは(笑)。お世話になった地域として、広島はどう?
柏木 毎年、家族と旅行に行っているよ。人を大事にしたいから、学校の先生の家に泊まりに行ったり寮長さんに会いに行ったり、お好み焼きをタダで食べさせてくれていたおばちゃんに会いに行ったり。浦和にもいつも行くお店があるし、地元の神戸に帰ることもあるし。自分がいた場所やそこで出会った人をちゃんと大事にしつつ、戻れる場所として岐阜があるって生活だね。
青山 SHOW-WAは10月1日に初めての日本武道館公演があるんだけど、陽介にも来てほしいなと思って。ちなみに、SHOW-WAのことを知ってくれていますか?
柏木 知っているよ(笑)。SHOW-WAのアオを見て、サッカー選手のときには見せなかったいい顔をしているなと思った。Jリーグでプレーしているとき、特にレッズにいたときのアオを見てもどこか元気がないように見えたから。今はU-20のときの顔と近くて、ほんとにナチュラルな青山隼でいられている気がする。昔から知っている仲間が活躍するとめっちゃ嬉しいし、見ているこっちまで嬉しくなっちゃうんだよね。一応アイドルだからね! おじさんアイドル(笑)。
青山 そう、もう38だよ(笑)。もう同世代の選手はほとんど現役を引退したけど、それぞれが次の道で活躍してまたどこかで会えると嬉しいよね。陽介と2人でこんなに深く話したことないし、本当は話を聞きたかったのもあって。
柏木 こんなに深掘りして話したのは初めてだよね。
青山 陽介と話せてよかった! どこか繋がっている気持ちというか、また一緒に仕事ができたらということを現役引退後の目標の一つにしていたから。この連載では、生きていくうえで大事にしていることを聞いているんだけど、陽介はやっぱり「人が大事」ってことだよね。
柏木 世の中は人の繋がりだけでなんとでもなると思っていて。俺は「裏切られてもいいから、自分は絶対に人を裏切らない」ってことを一番にして生きている。今まで出会った人、これから出会う人すべてを大事にしているから、自分も生きていけるって思うし。信じ合うことで人との繋がりができて、それが仕事とか仲間に繋がっていく。それすれば自分は、今後もハッピーに生きていけるかなって。これからも自分らしく、楽しくやっていきたいって思います!
★果て戦だけの激レアSHOW-WAオフショット★

明治座公演の合間に、つっつん(井筒)とパチリ!
●柏木陽介(かしわぎ ようすけ)
1987年12月15日生まれ 兵庫県出身
◯高校生からサンフレッチェ広島ユースに所属し、2006年にプロデビュー。U-20日本代表の他、A代表にも度々選出され、Jリーガーとしてはサンフレッチェ広島、浦和レッズ、FC岐阜で活躍。2023年に現役引退。現在は「FC岐阜ファミリー Value Accelerator」としてチームを盛り上げるほか、地域貢献やイベント出演など幅広く活動中。
公式Instagram【@yosuke_kashiwagi】
●青山隼(あおやま じゅん)
1988年1月3日生まれ 宮城県出身
◯2006年にプロデビュー。U-20日本代表経験を持ち、Jリーガーとして名古屋グランパス、セレッソ大阪、徳島ヴォルティス、浦和レッズでプレーし、2015年に現役引退。その後は、俳優として舞台やドラマ等に出演。現在は、秋元康プロデュースの昭和歌謡グループ・SHOW-WAのメンバーとして活動中。ラジオ『SHOW-WA寺田&青山の青春時代を取り戻せ!』(CBC、毎週日曜22:00~)レギュラー出演中。2026年10月1日(木)にはSHOW-WAとして初となる日本武道館での公演が決定!
公式X【@jun_aoyama1988】
公式Instagram【@jun_aoyama_show-wa】




