
パリッコ
ぱりっこ
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1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
東京駅の近くに「ISEKADO」の生ビールが飲める店があると知って、久しぶりに飲みたいなと思っていた。先日、近くを通る機会があったので、ふらりと寄ってみた。その店は「伊勢角屋麦酒 八重洲店」。
「伊勢角屋麦酒 八重洲店」
ISEKADOの歴史は、なんと織田信長や豊臣秀吉や徳川家康らが覇権を争っていた戦国時代、天正3(1575)年にもさかのぼる。三重県は伊勢の地で、伊勢神宮への参拝客を迎える茶屋「角屋」として創業し、名物の餅が当時長旅を終えてやって来た旅人たちの疲れを癒していたのだそう。その後、みそや醤油を造るようになり、その醸造技術が発展し、1997年に誕生したのがISEKADO、伊勢角麦酒というわけだ。
ありがたいことに、僕は昨年『ごりやく酒 神社で一拝、酒場で一杯』という著書の取材で、長年の夢だったお伊勢参りをさせてもらうことができた。その際は当然、土地の食べものやお酒も楽しませてもらい、地ビールであるISEKADOの美味しさにも感動して、以来、ずっと好きなブランドだ。そんなISEKADOの生が種類豊富に揃っているとあっては、気にならないわけがない。
カウンター席に着いてメニューを見ると、この日は11種類もの個性豊かな生ビールが提供されているようで、当然どれも飲んでみたい。が、まずは"伊勢ペ"の愛称で親しまれる王道の「クラシックペールエール」からかな。レギュラーサイズ(税込748円)で。
「クラシックペールエール」
ごくりと飲むと、柑橘系のフルーティーな香りが華やかで、それでいてものすごくすっきりともしていて、こだわって作られたビールとはこんなにもうまいものかと感動する。梅雨が明けて急激に暑くなってきた昨今の気候にぴったりだ。しばし極上の生ビールを堪能したら、つまみも検討してゆこう。
三重県産の日替わりの鮮魚をはじめとして、メニューもかなり豊富にある。が、見つけたとたんに僕ががっちりと心をつかまれてしまったのは、「伊勢うどん」(594円)だった。
かつてはうどんの"コシ信仰"にとらわれていた時期もあったが、近年の僕は、やわやわのうどんにものすごく魅力を感じている。関西の大衆うどんもその傾向があるが、日本において究極なのは、やはり伊勢うどんだろう。
そもそも伊勢うどんとは、これまた江戸時代から、お伊勢参りの長旅に疲れた人々を癒してきたご当地グルメだ。特徴は極太な麺とその柔らかさ。そして、たまり醤油とかつおだしを貴重にしたシンプルな味つけ。参拝客を待たせないため、一日じゅう鍋で麺をゆで続け、注文が入るとすぐ提供していたなんて話もあるから、全国的に見ても相当個性的なうどんと言えるだろう。
そんな伊勢うどんが東京でも食べられるとは。ちょうど昼食もまだだったし、今日はランチうどん飲みといこう。「追加 三重県有精卵」(132円)もお願いして。
「伊勢うどん」と「追加 三重県有精卵」
やって来たのは、純白の麺の下にだし醤油、それから刻み小ねぎが少しのるだけの、王道伊勢うどん。よくよく麺を見つめてみるが、なんと表現すればいいのだろうか。極限まで柔らかくゆでられた、この独特の質感を。
唯一無二
打ちたてのそばとは違い、まずは麺だけを1本そのままじっくり味見、という感じでもないだろうから、全体にたれを絡めるように思いっきり混ぜてしまう。とたんにぶわっとだしの香りが広がり、茶色く染まった極太麺がなんとも食欲をそそる。
あとは無心にすするのみ!
いざ、ずずずっとすする。表面はうどんの概念を超えてとろとろ、もちもち。第一印象は完全にのびうどんの印象なんだけど、噛みしめると麺が太いので、きちんと歯ごたえも残っているのが絶妙だ。甘じょっぱくてだしの香るたれも、麺との相性最高。やっぱり好きだな、伊勢うどん。
「Neko Nihiki」
せっかくなので生ビールをもう一杯と頼んだのは、こちらもISEKADOの人気商品「Neko Nihiki」(880円)。アメリカはポートランドの「Culmination brewing(カルミネーション・ブルーイング)」とのコラボレーションにより生まれたIPAらしく、ほどよい苦味とヘイジーさ、グレープフルーツを思わせる華やかな香りがたまらない。そのつまみがうどんでいいのか、とも思うが、どちらも伊勢要素はあるし、こんな組み合わせもたまにはいいんじゃないだろうか。
玉子を落として
さて後半。頼んでおいた三重県有精卵をうどんの上に落とす。思いっきり混ぜる。いわゆる、さぬきうどんの釜玉スタイルと伊勢融合だ。全体がまろやかになったであろうぶん、卓上のだし醤油を足して。
釜玉伊勢うどん
よりすすり心地のなめらかさ、そして甘じょっぱさが加速したうどんが、またまたうまい。ビールにも問題なく合う。伊勢うどんとビール、いい組み合わせかもしれない。
おおよそ食べ終わったところで店員さんが「最後におみそ汁はいかがですか?」と聞いてくれた。
サービスのおみそ汁
せっかくなのでもらってみると、これがしみじみと胃の腑に落ちる。それもそのはずで、伊勢角屋の本店である「二軒茶屋餅屋本店」の「角屋味噌」を使ったみそ汁なのだとか。
こんなにリーズナブルな価格で伊勢の歴史を堪能しつつ、個性豊かな生ビールが楽しめる店があったとは。またお伊勢参りには行きたいけれど、伊勢が恋しくなったらとりあえずまたここに来よう。




