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今大会初戦で見せた姿は、まさに理想の選手像として長年掲げ続けた「安心感のある存在」だ
森保ジャパン発足から約8年。その初陣で先発に抜擢され、A代表デビューを果たした堂安律。カタールW杯、東京五輪、2度のアジア杯を森保一監督と共に戦い抜き、集大成として挑む北中米W杯。"10番キャプテン"として日本サッカーを背負う男の"夢と生きざま"とは――。
連載コラム『堂安律の最深部』、書籍『俺しかいない』(集英社)を通し、8年以上にわたって追い続ける本誌担当編集者視点でその軌跡をたどる。
ピッチへ続くトンネルの先頭に、キャプテンマークを巻いた背番号10の姿があった―。
北中米W杯初戦、米ダラスでのオランダ戦。ゲームキャプテンを任された堂安律は全身全霊で攻守に戦い抜き、チームを鼓舞。2度リードを許したものの、いずれもその直後に円陣を組んで声をかけ、劇的な同点ゴールを呼び込んだ。
「2点差にならないことが非常に大事。そうならなければ必ず相手はメンタル的に引くので、押し込める時間がある。そのことはカタール大会のときからわかっていた」
「2失点目しなければ、絶対追いつけるというみんなの感覚があった」
「どの想定が来ても準備はしているので。このチームは本当に崩れることはない」
試合後、堂安はリーダーの風格をにじませながら、そう力強く振り返った。
* * *
8年前。欧州挑戦1年目ながらオランダで頭角を現し、西野ジャパンにサプライズ招集されるかもしれないとささやかれていた堂安を、本誌はロシアW杯の2ヵ月前に直撃している。
それがすべての始まりだった。
まだA代表デビューすらしていなかった19歳のレフティは、W杯という大舞台を夢見て、こんな言葉を残している。
「俺自身、東京五輪世代と言われるけど、サッカー選手としてやっている以上、日本代表を目指さないといけないし、五輪よりやっぱりW杯。もし呼んでくれたらいいスパイスになる自信はありますよ」
「W杯でゴールを決めたら、翌日の新聞の見出しは『堂安、堂安......』ってなるんですかね。それほどうれしいことはないかも(笑)」
(共に週刊プレイボーイ2018年4月23日発売号)
歓声はすべて自分のためにあると信じて疑わなかった若武者が、8年の時を経て、10番を背負い、キャプテンマークを巻き、W杯の夢舞台で誰よりも命を燃やし、チームのために戦っていた。
森保ジャパンの8年間は、堂安律というひとりのサッカー選手の成長物語でもあるのだ――。
2018年9月11日。森保ジャパンの初陣、コスタリカ戦でスタメンに抜擢され、弱冠20歳でA代表デビュー。くしくも、古巣・ガンバ大阪の本拠地、パナソニックスタジアム吹田での一戦だった。
「不思議な縁を感じた」
「ゴールを決められなかったことだけが心残りだったけど、これまで育ってきた最高の場所で、両親や友達が見に来てくれたなか、日本代表としてサッカーができる幸せな時間だった」
(共に『俺しかいない』)
10代で海を渡り、オランダ・フローニンゲンへ加入。欧州挑戦1年目でいきなり公式戦2桁ゴールを記録するなど、自らの価値を数字で証明してみせた。
当時は「このまま終わってたまるか。絶対に結果を残してやる」という強烈な反骨心で自身を奮い立たせていた。
「日本代表に選ばれた以上は親善試合であろうと、絶対に勝たなければいけない。日の丸を背負うと、そういう使命感を強く感じる」
「日本を背負う重みをしっかりと感じながら、その重圧もはねのけて、日本代表として戦っていきたい」
(共に『俺しかいない』)
だが、日本代表では、個人としてもチームとしても、思うような結果を残せない時期が長く続いてしまう。
レギュラーとして挑んだ2019年のアジア杯では決勝で敗れ、2021年の東京五輪では念願の10番を背負ったものの、メダルまであと一歩届かなかった。
そして、2022年3月。カタールW杯アジア最終予選の大一番で落選。A代表デビュー以降、ケガや脳振とう以外でメンバーから外れたのは初めての経験だった。
「W杯最終予選のプレッシャーのなかで結果を残す(伊東)純也くんをリスペクトしていたし、俺が彼を上回るパフォーマンスを見せられるのかと言えば、確固たる自信はなかった。でも、口では『俺を使ってほしい』と言っていた。そこを見透かされ、日の丸を背負ううえでの覚悟を問われた気がした」
(『俺しかいない』)
森保監督(右)と共に8年間の集大成を目指す。「『この人のために』と思える監督」だと言う
その姿をしっかりと見守っていた男がいた。森保一監督だ。
落選の直後、指揮官は堂安が当時所属していたオランダ・PSVの練習場まで足を運び、膝を突き合わせた。
「自分が抱えていた葛藤や日本代表に対する思いを本音で伝えることができた。『W杯では律の力が必要になる。しっかり準備しておいてほしい』と声をかけてくれた」
(『俺しかいない』)
森保監督との面談後、堂安はPSVで躍動し、キャリア初タイトルを獲得。翌シーズン、その勢いのままドイツ・フライブルクへ移籍し、攻守両面でさらなる急成長を遂げた。
そして、迎えた2022年11月。運命のカタールW杯。堂安はドイツ、スペイン相手に強烈な同点弾を叩き込み、世界に衝撃を与えた。
大会直前、堂安はこんな言葉を残していた。
「W杯は4年に一度開催される世界でいちばん大きなイベントなので、そこで縮こまってプレーをしているようじゃ、見ている人は誰も楽しくないでしょ?」
「恐れず突き進みますよ。失うものはなにもないし、もうやるしかないですから。堂安律らしさを失わず、生き生きしている姿を見せたいし、『俺を見ろ!』というようなプレーで堂々と世界に自分の力を見せてきます」
「『夢は叶う』と思って生きてきました。今までいろんな夢を口に出して笑われることも多かったけど、ここまで来ました。夢は叶うと信じているし、夢を叶えることができる人間だと信じています。
僕だけじゃなく、ちっちゃいころに『W杯に出る』と言って、おそらくバカにされてきた人たちがバカみたいに夢を見続け、ついにたどり着いたこの大舞台で夢を見ないでどうするんだ、と思います。みんなもその夢に一緒に乗って、僕たちの背中を押してほしいです」
(すべて『堂安律の最深部』/週刊プレイボーイ2022年11月14日発売号)
2018年10月のウルグアイ戦で代表初ゴール。その1時間後には本誌連載取材で秘話を語ってくれた
まさに、有言実行だった。
コロナ禍を挟んだとはいえ、アジア杯以降、実に3年10ヵ月もA代表ではゴールから見放され続けてきた。
しかし、それでもブレずに自分を信じ続け、W杯という夢舞台で日本中を熱狂させる2ゴールを決めたのだ。
自身のことを「逆境大好き人間」と表現したこともある堂安。何度壁にぶつかろうとも、這い上がれるのはなぜなのか。それは彼が、自分の弱ささえも正確に把握しているからだ。だから、何があっても揺らがない。
「最初から恐れず立ち向かえる人はいないし、恐れを抱かないことが心の強さだとは思わない。それでも逃げずに自分の弱さと向き合って乗り越える。それこそが、心の強さだ」
「どんな状況であれ、敵は相手じゃなくて自分。これまでの努力を疑ってしまうのは自分を全否定するのと一緒。どれだけ自分で自分を信じ続けられるか」
(共に『俺しかいない』)
どんな逆境でも逃げ出さず、批判を己の力に変え、自分だけを信じ続けてたどり着いた境地――。
カタールW杯では、むき出しの野心で自身の存在意義を証明した。その強烈な火花がチーム全体へと燃え広がり、ドイツ、スペイン撃破という日本サッカー史に刻まれる歓喜をもたらしたのだ。
自らのゴールでスペインを打ち破り、決勝トーナメント進出を決めた夜。〝個〟を極限まで突き詰めた男の口から自然とこぼれたのは、「俺たち」という主語だった。
「試合後、『選手全員が燃えている。ベスト16では、全員が体を投げ捨ててでも戦う覚悟ができている。サッカーは11対11で戦うものだけど、俺たちは26対11で戦っている』という言葉を自然と口にしていた。みんなの思いはひとつだった」
(『俺しかいない』)
カタールW杯が、堂安律を大きく変えた。W杯優勝を実現するために、日本サッカーを背負う覚悟を固めたのだ。
「俺は気持ちが強いし、夢もたくさんあるからこそ、そういう選手が背負わなきゃいけないと思う。『堂安、頼むよ』とみんなに言ってもらえる存在になりたい。それはつまり、日本のエースであり、リーダーになるということ。もしキャプテンをやってくれと言われたら、喜んでやりたい」
「日本代表を引っ張っていくのは俺しかいない。これ以上の景色を見るためなら、どれだけつらくてもいいと思える覚悟ができた。チームメイトに嫌われてもいい。年齢は関係ない。下を向いている先輩がいれば、俺が巻き込んでいく。苦しいときに仲間を引っ張れる存在になりたい」
「日本代表がまだ見たことのない景色を見せたい。だから、俺についてきてほしい」
(すべて『俺しかいない』)
W杯優勝という夢を実現するためなら、なんだってする。突き抜けたエゴの果てにたどり着いた、究極の自己犠牲。これだけの覚悟を抱き、臆せず言葉にして発信できるのが、堂安律という唯一無二の人間なのだ。
堂安律はどんな存在になりたいのか――。
憧れ続ける理想の選手像は、東京五輪の頃から一度も変わっていない。彼のことをビッグマウスと揶揄する人たちにとっては、少し意外なものかもしれない。
「安心感のある選手こそ、エースであり、リーダーだと思う。チームの絶対的なエースとしてプレーで突き抜けられれば、自然と周りがついてくるようになる。そして、チーム全員の力を引き上げ、チームを勝利に導く真のリーダーになれるはずだ」
(『俺しかいない』)
まさに、〝10番キャプテン〟として死に物狂いで日本代表を引っ張る、今の堂安律の姿そのものではないか。
東京五輪で10番を背負ったあのときから、いや、そのもっと前から、堂安にはこの未来が見えていたのかもしれない。
「俺、言ったことは全部かなうんですよ。本気でW杯で優勝できると思っています」
(週刊プレイボーイ2026年3月30日発売号)
「W杯という大舞台で結果を残せるのは俺しかいない。日本を優勝させます」
(週刊プレイボーイ2026年6月1日発売号)
「言霊は絶対にある。自分の思いを発信することで、自分と周りを動かし、必ず運を引き寄せることができると信じている」
「みんな、俺に普通のことなんか求めていないでしょ? 俺はこれからもサッカー選手として、ひとりの人間として、俺にしかできないプレーや言動で魅せ続け、夢を追いかけているすべての人たちの心を突き動かしていきたい。
俺しかいない――。それが堂安律の生き様だ」
(共に『俺しかいない』)
世間はまた堂安律をビッグマウスと笑うのだろうか。
決勝の地、ニューヨーク・ニュージャージー・スタジアムで、黄金のトロフィーを掲げる〝有言実行の男〟の姿が、私にははっきり見える。
■『俺しかいない』
著:堂安 律 定価:1760円(税込)
集英社日本サッカーを背負う"背番号10"の覚悟と生きざまを克明に記した自身初書籍。今、夢を追いかけているすべての人たちへ。逆境を楽しみ、自分を信じ抜く──。夢に向かって突き進む、唯一無二の"堂安語録"