殺人容疑で再逮捕となった佐々木光容疑者
7月2日、北中米W杯で健闘したサムライブルーの面々が3機に分かれ、成田空港と羽田空港にそれぞれ到着した。成田空港到着ロビーには、およそ100名のファンが日本代表選手たちを待ち受けた。
翌日の14時過ぎ、東京都千代田区霞ヶ関1丁目の東京地方裁判所玄関横には、170名以上が傍聴券を得ようと列をなした。傍聴席の数は43。つまり、4人のうち3人が抽選に漏れた。人々の関心を集めたのは、殺人、死体遺棄、死体損壊の罪で起訴された佐々木光(30)被告と平山綾拳(27)被告の行方だった。
2024年4月16日、東京台東区のアメヤ横丁界隈で14の飲食店を経営していた「サンエイ商事」代表、宝島龍太郎と妻の幸子が焼損遺体となって発見される。やがて、宝島夫妻の長女である真奈美(33)被告、その内縁の夫である関根誠端(34)被告の指示で両名が殺害されたこと、佐々木、平山の両被告が仲介役を担っていたことが明らかになる。
彼らに指示された若山耀人(22)被告と姜光紀(22)被告が殺害の実行役となり、宝島夫婦に睡眠薬入りのコーヒーを飲ませてから電気コードで首を絞めるなどして殺害。その後、2人の遺体を車に乗せて栃木県那須町の河川敷に運び、火を放って証拠隠滅を図ろうとした。
佐々木被告と平山被告は事件の発案者や首謀者ではないものの、責任を問われることとなる。2026年6月22日より6日間にわたって集中審理され、7月3日に判決が言い渡されるスケジュールが組まれた。
佐々木被告に判決が出された東京地裁
6月24日、佐々木被告に対して行われた尋問で、この30歳が中学生時代にサッカーに打ち込んでいた事実が伝えられる。ある高校からスカウトされるほどの力量だったそうだ。だが、両親の離婚により、自分が進学すると家計を圧迫すると考えた佐々木被告は鳶(とび)職人となる。
スリッパを履いたジャージ姿で東京地裁715法廷の証言席に座り、たどたどしく質問に答える佐々木被告の後ろ姿を見ながら、「この男にもボールを蹴る喜びを感じていた時期があったのだろう。高校から推薦がくるレベルであれば、チームメイトからは羨望の眼差しを送られていたのではないか」という思いが胸を覆った。
佐々木被告は10代の時にバイク運転中に事故を起こし、危険運転致傷罪で少年院送りとなる。半年強の矯正教育を受けた折には、「一番いい評価を受けていました」と、証言した。
土木作業員を経て、夜の世界で"キャッチ"と呼ばれる職に就く。繁華街で通りすがりの人を、飲食店や風俗店に誘(いざな)う客引きである。佐々木被告自身も飲み屋の経営に乗り出したことがあったが、うまくいかなかった。母親が突然の病で急死し、父親はうつ病で自殺未遂した過去も述べられた。
法廷では路上のような振る舞いができないのだろうが、佐々木被告の発言はひとつひとつが辿々(たどたど)しく、口ごもることが多かった。自らの意思を他者に明確に伝えることに長けていない。これで客商売など務まるはずもなかった。
それでも佐々木被告は、自身が記した姉、兄に宛てた手紙の内容について説いた際、涙を流した。
福岡県博多区の中洲で"キャッチ"をしていた佐々木被告は、ほどなく上京し、上野近辺で同様の仕事を続ける。そして2024年4月8日頃、上野の路上で関根被告から死体遺棄を依頼され、犯行におよんでしまう。報酬は500~600万円でとの話だった。
「姉、兄の名前を出されて断れないと思った」と、佐々木被告は述懐した。
とはいえ、彼に対する女性検察官の質問は鋭かった。鋭利な刃物で切り裂くように、被告人を追い込んでいった。
「死体処分ですよ。およそ、日常生活で聞くことが無い内容ですよね? 常識として、マズいと思いませんでしたか?」
「家族について言われたということを、もうちょっと詳しく教えてもらえますか?」
「お母さんを亡くしたことを振り返っている時、涙ぐんでいるようでしたが、お父さんが自ら命を断とうとしたことなどから、目の前にいる人が殺されようとしていることについて、どう思いましたか? 片棒を担ごうとしていることをマズいとは思いませんでしたか」
「ちょっと思い出してもらえます?」
「そういう時は、どうするべきだったのでしょうか?」
「警察に相談するのではなく、本当にしてしまうってことですよ」
「いずれにしても警察に行こうって思わなかったってことですか?」
その後、関根被告が提示した金額は1500万円に跳ね上がる。佐々木被告の答弁は、終始歯切れが悪く、ぐうの音も出ない様子だ。小太りの体は背が丸まっていた。
「こんな厄介なことを依頼されて困っているって、(関根被告を)紹介してきた人に言わなかったんですか?」
関根被告の要求に応じないと姉、兄の身に危険が及ぶとの釈明に関しても「あんまり現実的な恐れは感じていなかったのではないですか?」と検察官は斬った。
佐々木被告が同じ法廷内で裁きを受けている平山被告について「暴力団員だと認識していた」と発言すると、検事は手招きするかのように腕を動かしながら畳み掛ける。
「それはなぜですか?」
佐々木被告はしどろもどろになった。
2024年4月14日に佐々木被告が打った「今日のGOサインで動けるんですよね」というメールについて、遺体を燃やした場所である住所を送信したことについても、検察官は「実行できる、ということではないんでしょうか?」と追求した。
佐々木被告から殺人の実行犯を見つけるよう促された平山被告は、若山耀人(22)被告と姜光紀(22)被告に手を下させる。
当初、彼らは上野の路地や高架下を殺害現場としていたが、人目があることから品川区五反田の空き家ガレージを最終的に選ぶ。証拠品として挙げられた佐々木被告のスマートフォンに残った一文についても、女性検察官は質(ただ)した。
「この、人殺しの方法について『メチャクチャいい』という言葉を用いた表現を今見て、どう思いますか?」
佐々木被告は答えられなかった。苦し紛れに質疑の途中で「何で笑ったんですか?」と言い返すのが精一杯だった。
なおも、検察官の問いかけは続く。
「いよいよ殺害が始まるんだな、という時のあなたの気持ちを教えてください」
「ここで止めなければ、ということを考えませんでしたか?」
「血が飛び散っていると聞いて、どう思いましたか?」
関根被告は上野のパーキングで「1500万くらいあるかな」と言って、佐々木被告にカネを渡した。その中から「清掃費用」として佐々木被告は100万円を抜き、残りは平山被告に支払ったことになっている。ただ、カネの流れについては依然として不透明だ。また、佐々木被告は「報酬を受け取るつもりはなかった」と法廷で繰り返した。
本件の主犯格とされる関根誠端被告の裁判はまだ始まっておらず、当被告は無罪を主張している。しかし2026年7月3日、佐々木、平山両被告には、共に「懲役30年」の判決が下された。
佐々木被告がW杯の熱狂と興奮、あるいはボールを足で操り、シュートを決めた時の喜びを味わうことは、未来永劫無いだろう。心ゆくまでサッカーに打ち込めていたら、努力することの尊さ、目標に挑むことの難しさ、苦しさ、あるいは挫折した際の這い上がり方などを人並みに体験することが出来たのではないか。
どこで歯車が狂ったのかーーーもはや、母の死も育った環境も言い訳にはできない。全ては己の蒔いた種である。彼は30年という年月を、これからどう過ごすのか。控訴を考えるのだろうか。