
パリッコ
ぱりっこ
パリッコの記事一覧
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
定期的にゲストにお呼びいただいているTBSラジオの人気番組「アフター6ジャンクション2」。4月7日の回のテーマは「春の宴。究極のお品書きを考える」で、ライムスター宇多丸さん、日比麻音子アナウンサー、リモート出演のスズキナオさんとともに、酒を飲みながらあーだこーだと無駄話をするだけの楽しい時間だった。もしご興味がある方は、radiko、YouTubeなどで検索してご視聴を。
で、アトロク前のお楽しみといえば、スタジオのある赤坂に少し早く前乗りしてのひとり飲み。夕飯どきなので軽く食事もしておきたい。そう思いながら赤坂~見附あたりをじっくり徘徊していると、路地裏に、今日の気分的にかなり気になる店を発見。
「細打うどん 香吾芽」
まず惹かれたのが看板の「細打うどん」の文字。今、ものすごく心身が求めているものな気がする。店名は「香吾芽 (かごめ)」というらしい。
店内の様子がまったく見えない重厚なドアにはメニューが一部貼られていて、うどん各種は税込968円から。日本酒や焼酎のラベルをずらりと並べてレイアウトした張り紙の雰囲気から、酒類もかなり豊富にあるようだ。
酒はなんでもありそう
さらによくよく店頭を眺めてみて驚いたのが、うどん以外の料理の豊富さ。刺身からはじまり、揚げもの、肉料理、小土鍋、その他一品料理の数々が、メニュー表にずらりと並んでいる。看板からうどん専門店かと思ったけど、どちらかといえば居酒屋寄りの店のようだ。価格帯がふだん自分が行くような大衆店よりは一段上だけど、まぁ、ここまで気になってしまったことだし、入ってみよう。
ものすごいメニュー数
ぐぐっと重いドアを開け、店内の様子が見えてまた驚いた。そこに広がっていたのは、こぢんまりとしてテーブルが数席、カウンター内にはピシッと割烹着を来た板前さんふたり、照明は暗めで清潔感のある、完璧に小粋な居酒屋的空間だった。正面には達筆の日替わりメニューがこれまたずらり。対応してくれた、女将さんと思われる女性店員さんに思わず、「あの、うどんとお酒1杯くらいでも大丈夫でしょうか......?」と確認してしまった。にこやかに「大丈夫ですよ」と言ってもらい、時間が早いからか先客もいなかったので、安心してテーブル席へ。
まずはおすすめの芋焼酎を使ったという「芋ハイ」(770円)で、いったん落ち着こう。
「芋ハイ」とお通し
風味華やかな芋ハイとともにやってきたお通し(525円)は、牛肉、焼き豆腐、ちくわ、白滝が入ったすき焼き風の小鉢。ひと口食べただけでここが名店であると確信できる逸品だ。
うどんもまた、種類が多く迷う。いち押しはあぶらあげの細切りがのった「きざみうどん」らしく、他、たぬき、きつね、天ぷら、ざるなどの基本ものはひととおり押さえられている。オリジナル要素の高い「鶏卵あんかけうどん」「牡蠣玉子とじうどん」「揚げ餅みぞれうどん」などのごちそう感にも惹かれるし、トッピングのパターンがいくつかあるカレーうどんも捨てがたい......。
が、やっぱりここはきざみかな。最近暖かくなってきたし、冷やしが気分だ。「冷やしきざみうどん」(1,210円)で。
「冷やしきざみうどん」
やってきたうどんは、深めのどんぶりのなかに色とりどりの薬味が美しく盛られた、なんとも心躍るビジュアル。中央にうずらおろし、その周囲に、きざみあげ、わかめ、ねぎ、コーン、海苔、わさび、それから、あげだま的ななにかがのっている。ちょっと箸でつまんで味見してみると、極細に刻んだごぼうを揚げたもののようだ。香ばしくて甘く、絶対にうどんに合う。
続いてその下の麺を引き上げ、僕のわくわく感は頂点に達した。
これが細打うどん
なぜかってそのうどんが、僕が今までに出会ってきたなかでいちばんと言っていいくらい、清廉な佇まいなのだ。そばにも近い細さで、透明感があって、つやつや。
いざ、数本とってすすってみる。これは、大げさでなく感動的な味だ......。表面はつるつるで、ぷりぷりぱつぱつとした食感はどこか冷麺をも思わせる。けれどもしっかりとうどんらしいもちもち感もあって、こんなうどんはかつて食べたことがない。かけつゆは醤油ベースでだしがしっかりと香り、ほのかな甘みもあって麺によく合う。
しかも、素うどんの状態でもうこんなにうまいのに、その上には多種多様な薬味があるのだ。大根おろしは甘く、玉子のコクとともにうどんと合わせればうっとり。きざみあげの食感と風味も良いアクセントだし、ときおりコーンや海苔の香りがふわりと混ざるのもたまらない。白眉は揚げごぼうで、こんなものがうどんの魅力を底上げしないわけがないのだった。
終盤は豪快に混ぜつつ
すごい! すごいうどんに出会ってしまった! と頭のなかで何度もくり返しつつ、次第に混ざり合い、渾然一体の味わいとなってゆくうどんをすすり続ける。しっかりと食べごたえがあるから、なくなってしまった酒のおかわりもお願いしよう。せっかくだから説明に「日本一芋くさい」と書かれた芋焼酎「鶴見 白濁無濾過」(715円)を、おすすめのお湯割りで。
「鶴見 白濁無濾過」
席から注ぐところが見え、お湯先で割っていた(そのほうがまろやかさが出るという説がある)ところにもこだわりを感じた、芋のお湯割り。さてどんなもんだと身構えて飲んだら拍子抜けするほどに、芋の良い香りと甘みがお湯と合わさることで引き立てられた、ものすごくうまい焼酎だった。冷たいうどんとの対比がまたいい。
お会計時に気になって「とても美味しかったです。ところでこちらのうどんって、どういう系譜のものなんですか?」と聞いてみた。すると、具体的に、たとえばどこかの地方の「〇〇うどん」のようなものではなくて、お店で手打ちしているオリジナルらしい。つまり、正真正銘ここでしか食べられないうどんだったというわけだ。それにしても、手打ちであんなにも美しいうどんが打てるとは......。
僕の身分ではまだ毎日のように通える店ではないけれど、今後も定期的に食べたくなるだろうし、特別な相手とゆっくり会食する機会などにももってこいの店だろう。赤坂に、好きな店がまたひとつ増えた。




