南ハトバ
みなみ・はとば
南ハトバの記事一覧
文筆家・漫才師・僧侶。上智大学法学部国際関係法学科、大正大学大学院仏教学研究科を経て、現在は実家の寺の副住職としての活動をしつつ、芸人としても舞台に立つ。趣味は暗闇ボクシング・テレビ鑑賞・パワースポット巡り・念仏。得意分野はエンタメ全般・プロレス・ドイツ憲法・二十五三昧会
トゥミ・グレンデル・マーカンさん。母国で考古金属学を学んだエリートが絶滅危惧の〝至宝〟を救う
日本刀の聖地・備前(岡山県)。この地で伝統を守るべく奮闘するのは、英国出身の"青い目のサムライ"だ。中世の騎士に憧れ、母国の名門大学で考古金属学を学んだ彼が、なぜこの地にたどり着いたのか?
職人の高齢化、後継者不足、そして技術の途絶......。千年の歴史が幕を閉じようとする瀬戸際で奔走する男の挑戦を追った!
ショーケースから日本刀が取り出され、目の前に現れたその鋭利な美しさの前に誰もが息をのむ。
「刀身に少しでも水滴がつくと鉄はさび始める。人の吐息が触れるだけでも微細な水滴がついてしまう。刀を扱うときは細心の注意を払い、呼吸を止めるようにしています」
刀の鋒(きっさき/切先)のような鋭い視線で日本刀を鑑賞しているのはトゥミ・グレンデル・マーカン氏。
イギリス出身のトゥミ氏は現在、岡山県瀬戸内市の備前長船(びぜんおさふね)刀剣博物館で海外戦略コーディネーターを務め、日本刀の文化的価値を世界へ発信している。名門ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで学んだ彼が、なぜこの「聖地」にたどり着いたのか。
――大学の専攻は考古金属学ですが、当初から日本刀を研究対象としていたのですか。
トゥミ 幼少期から欧州の中世文化に親しんでいたため、自然と考古学の道を選びました。
当初、日本刀は数ある興味対象のひとつに過ぎませんでしたが、19歳のとき、母から現代刀匠の吉原義人(よしんど)氏が書いた英訳本をもらったんです。そこで初めて「現代に生きる刀匠」という存在を知り、強い関心を抱きました。
岡山県瀬戸内市にある備前長船刀剣博物館 。職人の工房が隣接し、伝統の作製技術を間近で見学できる
――「刀」そのものよりも、まず「作り手」に注目した。
トゥミ 欧州にも優れた刀剣文化はありましたが、17世紀から18世紀の軍事技術の変遷に伴い、職人たちは姿を消し、伝統的な製作技術の多くが失われました。
しかし幸運なことに日本では平安時代から現代に至るまで、千年以上も技術が継承されている。その事実に驚嘆させられました。
――その後、日本で刀剣の聖地とされる、長船の博物館で働くまでの経緯は?
トゥミ 日英の学術・文化交流を支援する「大和日英基金」のスカラシップを得て来日し、各地を巡る中で備前長船刀剣博物館のインターンシップに参加しました。
刀職人が施設内に常駐し、その工程を間近で見学できる環境は日本でも極めてまれです。一度はコロナ禍で帰国を余儀なくされましたが、その後、博物館でのインバウンドの観光客に対応できる人材の募集を見つけて応募しました。
――異国の地、しかも日本刀専門の博物館で働くことに、ご家族の反応は?
トゥミ 幼い頃から「中世の騎士になりたい!」と家族には伝えていたので「刃物関係にはいくだろうな」と考えていたみたいです(笑)。
さすがに日本で日本刀の勉強をすると言ったときには驚いていましたが。父もドイツやアイスランドで活動した経験を持つため、私の選択を尊重し応援してくれています。
――現在の具体的な業務は?
トゥミ 展示解説の英訳や海外からの来館者の案内が主ですが、近年は外部との交渉業務も増えています。
実は先立ってLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループの最高戦略責任者ジャン-バチスト・ヴォワザン氏が当館の名誉館長に就任したのですが、来日された際に私の知人である刀匠の工房を案内しました。
偶然、その日がヴォワザン氏の誕生日だったので工房でバーベキューパーティをしてみんなで楽しみました(笑)。
クラウドファンディングで集まった約5億円で市が購入した国宝「山鳥毛(さんちょうもう)」。備前刀の最高峰
トゥミ氏による英語の解説。「匂(におい)など日本刀の鑑賞用語のニュアンスを伝えるのには苦労する」とか
――世界的なラグジュアリーブランドが日本刀に注目しているんですね。
トゥミ LVMHグループには「メティエダール(芸術的な手仕事)」を調査保護する部門があり、世界各地の伝統工芸をどうクリエーティブに昇華させるかの研究をしています。
日本刀は武器としての機能を極めた先に、独自の美術的な価値観を築き上げました。日本刀が体現する、徹底した機能美と精神性は彼らにとっても興味深いものなのです。
こうした国際的なネットワークを介し、日本刀が持つ芸術的価値を新たな形で提示していきたいですね。まずは身近なものを通じて、世界中の人々に日本刀の美術性を紹介し、最終的には日本刀そのものに興味を持ってもらう。そんな入り口を広げるアプローチをしていければ。
――西洋刀剣と日本刀、その魅力の決定的な違いはどこにあるのでしょうか。
トゥミ 西洋の刀剣は、貴石や彫金による外装の装飾など、きらびやかさに重きを置く傾向があります。例えば大英博物館蔵の「サットン・フー遺跡」の出土刀剣は、王権を象徴する壮麗な金銀装飾が施されています。対して日本刀は、装飾もあり、その技術も高いですが、鑑賞の主体は「刀身そのもの」です。
――確かに日本刀は刀身の美しさを前面に押し出した展示が主流です。
トゥミ 鋼(はがね)を幾重にも折り返し鍛錬することで現れる模様を「地鉄(じがね)」、焼き入れによって生じる視覚的な境界を「刃文(はもん)」と呼びます。これら金属学的な現象を美術的な「景色」として愛(め)でる感性は、世界の武器文化の中でも類を見ない奥深いものです。
大学2年の夏休みに短期留学プログラムなどを利用し、鍛刀体験などを通じて日本刀への造詣を深めた
――なぜ日本では鉄そのものを美の対象としたのでしょう。
トゥミ それは非常に興味深い問いです。私の仮説ですが、この美意識は「研磨(研ぎ)」の技術向上と密接に関わっていると考えています。
――実用を超えた「研ぎ」が美を生んだ?
トゥミ そもそも実用目的のみであれば、刃先を鋭利にするだけで事足ります。しかし日本刀の歴史においては、性質の異なる複数の砥石(といし)を使い分け、膨大な時間を費やして鋼の表情を引き出す独自の研磨文化が発展しました。
本来、消耗品であるはずの武器に対し、これほどの手間をかけるのは過剰とも言える行為です。
しかし、研ぎ澄ます過程で現れる刃文の美しさに武士や職人たちが精神的な価値を見いだしたことで、研磨と作刀技術が相互に深化を遂げたのではないでしょうか。もちろん、あくまで推測ですが。
イギリスに住む父母との写真。国際的に活躍する一族に生まれ、母が贈った一冊の本が運命を変えた
――博物館職員として、未来へつなぐべき最優先事項はなんだとお考えですか。
トゥミ 現存する刀剣の保存はもちろんですが、それ以上に作製技術の維持が喫緊の課題です。一振りの刀を完成させるには、刀匠だけでなく、研師(とぎし)、鞘師(さやし)、そして刀身を固定する金具を作る白銀師(しろがねし)など、多角的な技能が必要です。
しかし、例えば鎺(はばき/刀身とつばの接する部分にはめる筒状の金具)を専門とする一流の職人は全国に10人もいません。その大半が60代から70代です。あと20年もすれば、技術が完全に途絶え、国宝級の刀剣が劣化しても修復不能になる恐れがあります。
――その危機に対し、どのような一手を打つべきでしょう。
トゥミ 現存する日本刀の保護も重要ですが、それと並行して、今生きている職人の「技術」を絶やさないことも不可欠です。職人の技術は実際に作り続けることでしか維持・向上しません。海外のコレクターや支援者に現代刀の真価を伝え、適切な対価が職人に還元される循環をつくる必要があります。
また、行政による若手職人への経済支援も必須です。多くの場合、修業期間中の収入はごくわずかで、独立後も工房を構える資金を捻出できず、職人を断念する才能が少なくないのが実情です。
――そこまで日本刀の保護に献身する原動力はどこにあるのですか。
トゥミ 備前長船刀剣博物館に勤めて4年近くがたち、職員の方々や地域の職人さんたちとは、公私を超えて深く交流させていただいています。彼らは私にとって大切な〝友人〟です。彼らが苦労している姿を黙って見ていられない、彼らを助けたいという、ごく個人的でシンプルな思いが根底にあります。
そして何より、日本刀という類いまれな芸術文化が、未来永劫続いてほしい。
実は今、私自身も趣味で鎺の製作を学んでいますが、もし将来、私が本気で職人の道を歩むことになったら、そのときには日本刀のお客さんがたくさんいてほしい(笑)。
そんな自分自身の未来のためにも、ひとりでも多くの方に日本刀の魅力を届けていきたいですね。
日本で家庭を築き、子供にも恵まれた。業務は多忙を極めるが、家族とのだんらんが幸福な時間だという
* * *
インタビューを終えた帰り際、トゥミ氏と共に日本刀の海外への販路開拓を担っている株式会社東山堂の山本康祐(こうすけ)氏に声をかけられた。「トゥミさんの仕事ぶりはいかがですか?」と尋ねてみると......。
「本当に前世はサムライやったんちゃうかな、と思うくらい熱い魂を持った青年ですよ。
日本刀を愛しているし、職人へのリスペクトもきちんと持っている。これから日本刀を世界に広げてくれる、唯一無二のキーパーソンになると私は信じています」
イギリスから長船へとたどり着いた〝青い目のサムライ〟は今、日本刀という至宝を世界へ発信し、その未来を切り拓くべく今日も奮闘する。
共に仕事をする機会も多い東山堂・山本康祐氏とトゥミ氏。日本刀が輝き続けるための未来を切り拓く同志だ
●トゥミ・グレンデル・マーカン(Tumi Grendel Markan)
イギリス出身。ロンドン大学で考古金属学を専攻。2022年から岡山県の備前長船刀剣博物館で多言語支援員に就任。現在は海外戦略コーディネーターとして、展示解説や海外渉外などを担当。自らも鎺(はばき)作りを学ぶなど、日本刀の保存と継承に尽力する