『グラビアの読みかたーWPBカメラマンインタビューズー』青山裕企編・後編「週プレでは星名美津紀さんの"顔が見えない"初グラビアを撮らせてもらいました」

取材・文/とり 撮影/仙波祐斗


あまり表に出ることのないカメラマンに焦点を当て、そのルーツ、印象的な仕事、熱き想いを徹底追究していくインタビュー連載が、週プレ創刊60周年を記念して復活。第六弾となる今回は、『ソラリーマン』シリーズや『スクールガール・コンプレックス』シリーズ、『少女礼讃』といった作品集でお馴染みの青山裕企さんが登場。

後編では、カメラにハマるきっかけとなった日本縦断を終えて、写真家になると決意するまでのエピソードから、意外な仕事の広げ方、2007年「キヤノン写真新世紀」優秀賞受賞後の展開など、グラビアを軸にいろんな話を伺った。

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*  *  *

――大学を休学し、自分を変えるために自転車で日本縦断をする中、一眼レフカメラを手にしたことが写真を始めるきっかけになったとうかがいました。その後は?

青山 復学して、旅先で自分がジャンプしている写真を友達に見せると、男女問わず「私も撮ってよ」と言われるようになって。カメラが趣味の人がほとんどいなかったこともあり、学内で少し目立つ存在になりました。写真を撮る口実で、女の子と公園や海に出かけたこともありましたね。それこそ受験会場で一目惚れした彼女も、何度か撮らせてもらいました。彼女に関しては、卒業間際にちゃんと告白をし、受験の時に話しかけたいがために「お金がない」と嘘をついたこともちゃんと打ち明けました。振られたけど、最後に彼女のジャンプ写真を撮って、自分の中で区切りをつけられたのは良かったですね。

――自転車の旅を経て、性格が変わった感じがしますね。自信がついたというか。写真を撮る口実があるとはいえ、女性と出かけたり、告白をしたり。これまでのお話からは想像できないです。

青山 最初に決めた"日本縦断"という目標を達成できたことが自信になったんだと思います。旅の影響で痩せて、顔がシュッとしたのも大きいですね(笑)。しばらくしてまた2年休学し、一周目は人見知り克服ツアー、二周目は人生決定ツアーと銘打って、今度は世界二周の旅に出ます。流石に自転車ではまわれないですが、船や電車など、なるべく陸路で移動するようにしていましたね。神戸から船で中国に行き、モンゴル、ロシアと渡り、シベリア鉄道にも乗りました。......と、こうして話すと旅を楽しんでいるように思われるかもしれませんが、根が引きこもりがちな性格なので、本心ではずっと「早く帰りたい」と思っていました。もちろん楽しい瞬間は多々ありましたが、マインド的には修行でしたね。

世界横断中の青山さん世界横断中の青山さん
――それでも、しっかり旅を続けられていて立派です。

青山 一周目は、そのまま中東、ヨーロッパ、南米とまわって目標達成できました。が、一周目の逆回り、アメリカのロサンゼルスから始まった二周目の旅は、早々に中米のグアテマラで頓挫してしまいました。というのも、一周目の旅とあまり変わらない気がしたんです。英語圏の雰囲気にも馴染めず、グアテマラのホテルに沈没して、村上春樹の『海辺のカフカ』とかを読んで、しばらく旅をせずに過ごしていました。

――旅先で引きこもってしまったんですね。

青山 で、これはよくできた演出のような話なのですが、とある朝にグアテマラのホテルでシャワーを浴びていたら、小窓から朝日が差し込んできたんです。その瞬間に、ふと、写真で生きて行こうと決意しました。それまでは写真を仕事にしてはいけないと考えていて。初めて熱中した趣味を楽しめなくなるのが嫌だったんです。それこそ当初は、心理職の道も検討していました。でも、僕には写真しかないでしょって、覚悟が決まったというか。すぐに旅を引き上げて、大学卒業までの2年間、ダブルスクールで写真の専門学校に通い始めました。

――行動力がすごい!

青山 もう後に引けないと思っていましたから。同時期に大学と専門学校を卒業し、東京に出てフリーランスのカメラマンとして独立します。と言っても、フリーランスカメラマンと名乗っていただけで、当然仕事はなかったですけどね。スタジオ経験もなく、誰かのアシスタントについたこともない。今考えると、本当に無謀でした(笑)。当時(2005年)は、mixiやGREEといった今で言うSNSの黎明期で、よくオフ会が開かれていたんです。知らない人の集まりに参加するのはもちろん苦手でしたが、顔を出しては、「フリーランスで写真を撮ってます」と、自分のジャンプ写真がプリントされた名刺やパンフレットを配っていました。

――写真好きのコミュニティで集まる、みたいな感じでしょうか?

青山 いや、全然関係ないです。「禁煙オフ会」とか(笑)。写真好きのオフ会もあったと思うけど、僕は写真とは関係ないオフ会に参加していたので、異業種交流みたいな感じでした。そこで名刺を配っていると、面白がってくださる方が何人かいて。会社のホームページ用に掲載するプロフィール写真や結婚式の写真など、ジャンプ写真が仕事になったんです。前編でオザケン(小沢健二)が好きだって話をしましたけど、オザケンについて語り、歌うだけのオフ会を立ち上げたこともあります。渋谷系好きの人たちはカルチャー系の仕事に就いている方が多く、劇団のフライヤーをはじめ、クリエイティブな撮影に呼んでいただく機会がグッと増えました。ここではじめてバイトを辞められましたね。ただオザケンが好きだっただけなのですが、うれしい誤算でした。

――これまで色んなカメラマンさんにお話を伺ってきましたが、そんな仕事のもらいかたは聞いたことがないです(笑)。世代的に青春期は雑誌全盛期だったと思うのですが、雑誌の仕事に憧れはなかったんですか?

青山 めちゃくちゃありました。カルチャー誌とか、それこそ週プレとか。広末涼子さんや酒井若菜さんらの写真集もよく観ていましたし、月刊シリーズも好きだったので、自分も撮ってみたいなぁとは思っていました。思うだけで編集部に直接営業する度胸はなかったです。独立2年目の2006年に『ソラリーマン』『スクールガール・コンプレックス』という、今も撮り続けているシリーズを始めたこともあり、作品を発表することで見つけてもらうしかないと思っていました。

――実際、2007年に『スクールガール・コンプレックス』(受賞時のタイトルは『UNDERCOVER』)で「キヤノン写真新世紀」の優秀賞を受賞され、注目を集められますよね。

青山裕企『スクールガール・コンプレックス』より青山裕企『スクールガール・コンプレックス』より
青山 当時の「キヤノン写真新世紀」はお笑いで言う「M-1グランプリ」みたいなもの。写真業界での認知度は上がったと思います。受賞の翌年、受賞作で個展を開催した際には多くの出版関係者の方が来てくださったのを覚えています。そうしたご縁で、2009年に『ソラリーマン』(ピエ・ブックス)、2010年に『スクールガール・コンプレックス』(イースト・プレス)の写真集を出版させていただきました。自分で言いますが、この出版をきっかけに、分かりやすくブレイクしました。週プレの編集者の方が僕を知ってくださったのも、このタイミングだったと思います。

――『スクールガール・コンプレックス』は、女の子への憧れや理想を表現しているところがグラビアに近いように感じます。前編でお話しされていた学生時代のコンプレックスが反映された作品だと思いますが、顔が見えない、パーツだけを切り取った写真は、画期的というか。どういう経緯で生まれたシリーズなのでしょうか? 

青山 2006年に写真仲間でグループ展を開催したのですが、そのときのテーマが「変態」だったんです。既に『ソラリーマン』シリーズは撮っていましたが、サラリーマンのジャンプ写真に変態性はないじゃないですか。そこで学生時代の悶々とした気持ち、女子のうなじや膝裏を見てドキドキしていた感覚を、写真で表現してみようと考えたのが始まりです。そのグループ展では在廊するのが恥ずかしくて、女性のお客さんが来たときは裏に隠れていましたが(笑)、意外にも「かわいい」「懐かしい気持ちになった」と感想をくださる女性の方が多くて。そこで「自分にしか撮れない何かがあるのかも」と思ったことが、今日まで『スクールガール・コンプレックス』を撮り続ける原動力になっています。

――『スクールガール・コンプレックス』をきっかけに、週プレをはじめ、グラビア誌やアイドル誌のお仕事が増えたのでしょうか?

青山 そうですね。でも実は、いちばん最初にお仕事をいただいた媒体は『anan』(マガジンハウス)だったんです。モデルは吉高由里子さん。芸能人の方を撮影するのは初めてでしたが、いきなり表紙とフォトブック(『UWAKI』)を撮らせていただくことになりました。吉高さんのフォトブック然り、当初は『スクールガール・コンプレックス』的な、パーツ写真を含む撮影をお願いされることが多かったです。週プレさんから最初にいただいたのは『煩悩の神様』という不定期連載(全3回)。ロンドンオリンピック開催にかけて、あらゆるスポーツ女子のフェティッシュな瞬間を切り取る、みたいな内容でした。

(左)『週刊プレイボーイ』2011年17号/(右)『週刊プレイボーイ』2012年28号より(左)『週刊プレイボーイ』2011年17号/(右)『週刊プレイボーイ』2012年28号より
――まさに青山さんありきの企画ですね。

青山 週プレさんでは、当時高校1年生だった星名美津紀さんの初グラビアも撮らせていただきました。タイトルは『REAL SCHOOL GIRL』。顔が見えないトビラから始まり、パーツ写真で構成し、最後のページで初めて星名さんの顔が見えるという。初グラビアとしては前代未聞だったと思います(笑)。

『週刊プレイボーイ』2012年25号より『週刊プレイボーイ』2012年25号より
――『スクールガール・コンプレックス』は制服姿の女の子を記号的に切り取った作品ですが、グラビアはモデルさん自身のタレント性や魅力を引き出すことが求められます。作品と商業という違いもありますが、ギャップはなかったですか?

青山 当初はありましたね。というのも初期の『スクールガール・コンプレックス』の現場では、モデルさんとほとんど会話をしていないんです。そうした作品のイメージから、 "女性と話すのが苦手なキャラ"として振る舞うことが多く、グラビアの現場でもほとんど言葉を発さずにいました。周りのスタッフさんが「かわいい」と言って場を盛り上げてくださるので、心の中で「かわいい!」と思っても声には出さず、僕はただ撮るだけでいいと思っていたんです。僕が言わなさすぎるから、周りのスタッフさんが気を遣ってくださっていた、ということが後々分かるのですが(笑)。

そんなとき、とあるモデルさんから「かわいいってちゃんと言わないと伝わらないですよ」と直接言われたことがあって。ハッとしました。実際、撮りながら「かわいい」と声をかけると、明らかに表情がよくなるコが多いんです。その人その人にあったコミュニケーションを取ることで、その人自身の魅力を写真に収めることができる。以降、『スクールガール・コンプレックス』の現場でも、コミュニケーションを取ることが増えました。相変わらず表情はほとんど写していないけど、近年の作品は、パーツからでも女の子の感情がわずかに感じられるようになっているんじゃないかと思います。

――そう思うと、最初の『スクールガール・コンプレックス』はかなり無機質な感じがしますよね。

青山 標本的というか。女性と向き合って撮ることを知らない人が撮った"ヤバさ"が作品に滲み出ていますよね。もう、あんなふうには撮れないなと思います。

――それでも撮り続けているのは?

青山 それが写真家・青山裕企の軸だから、ですね。お仕事が増えたタイミングで悩んだ時期があるんです。仕事の幅を広げるために、『ソラリーマン』や『スクールガール・コンプレックス』のイメージに囚われすぎないよう、男性をカッコよく撮るとか、柔軟に対応できるところを見せていくべきなんじゃないかって。でも、それらの作品がなかったら、僕は今ここにいない。そのアイデンティティがあるから、今も自分の写真を求めていただける。これからも、撮りたい気持ちがある以上、シリーズは続けていくつもりでいます。

――グラビアからも青山さんらしさは感じます。特に構図の綺麗さ。昨年、週プレで撮影されていた南みゆかさんのグラビア(デジタル写真集『背伸びのシかた。』)は、まさに青山さんらしい写真だと思いました。

『週刊プレイボーイ』2025年27号より『週刊プレイボーイ』2025年27号より

青山 背景の建物や地面を水平垂直平行に撮るというのは、写真の基本として教わることではありますが、僕自身の美意識として自然にそうなってしまいますね。体の間にできる三角形とか、円とか。子供の頃に線を描いていたのと何も変わらないです(笑)。あと、この南みゆかさんのグラビアは、編集の方が、僕のもうひとつの作品シリーズ『少女礼讃』みたいに撮りたいとおっしゃってくれたんです。『少女礼讃』は、ひとりの少女を撮り続けたポートレート作品。実際に『少女礼讃』を撮ったロケ地で撮影しています。

青山裕企『少女礼讃』より青山裕企『少女礼讃』より
――そうだったんですね。グラビアを撮るカメラマンさんの中でも、青山さんは、とりわけ独自の世界観を持っていらっしゃると思います。今後はどんなふうに活動していきたいとお考えですか?

青山 今の時代はコンプライアンス的に厳しいのでしょうけど、今一度、制服のグラビアはちゃんと撮りたいですね。または、制服を着ていないのに、学生を感じさせるグラビア、とか。記号的な意味ではなく、学生時代にしか撮れない表情や雰囲気を写真に収めたい気持ちがありますね。最近、徳間書店から『Navy』というグラビアムックが出たのですが、制服だけではないけど青春を感じさせるグラビアを9名分、撮らせていただきました。改めて『スクールガール・コンプレックス』を意識したグラビアになっているので、是非、見てもらいたいです。今後もグラビアは撮り続けていきたいですね。

●青山裕企(あおやま・ゆうき) 
1978年4月15日生まれ、愛知県名古屋市出身。 
趣味=クイズ 
筑波大学心理学専攻在学中に、自転車で日本縦断の旅をする中でカメラにハマる。その後、世界二周の旅に出て、二周目のグアテマラで写真の道で生きることを決意。2005年に大学を卒業し、上京。フリーランスのカメラマンとして活動を始める。2007年に『スクールガール・コンプレックス』シリーズで「キヤノン写真新世紀」優秀賞を受賞。2009年に写真集『ソラリーマン 働くって何なんだ?!』(ピエ・ブックス)、2010年に写真集『スクールガール・コンプレックス』(イースト・プレス)を発表。以降、吉高由里子『UWAKI』(マガジンハウス/2011年)、指原莉乃『さしこ』(講談社/2012年)をはじめ、アイドル写真集やグラビア誌で活躍する。2026年8月21日発売の生駒里奈写真集『ルリカケス』(ワニブックス)、同年8月27日発売のグラビアムック『Navy』(徳間書店)の全撮影を担当。

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