
山下メロ
やました・めろ
山下メロの記事一覧
1981年生まれ、広島県出身、埼玉県加須市育ち。平成が終わる前に「平成レトロ」を提唱し、『マツコの知らない世界』ほかメディア出演多数。著書に『平成レトロの世界』『ファンシー絵みやげ大百科』がある。
記憶の扉のドアボーイ・山下メロです。記憶の底に埋没しがちな平成時代の遺産を今週も掘り返していきましょう。
さて、平成時代に進化した例として挙げられることが多いカラオケ文化。レーザーディスクによるレーザーカラオケ、VHDカラオケのカラオケボックスから、ビルのテナント営業の通信カラオケへと変化していきました。
その中でも、懐かし要素のひとつが巨大リモコンです。歌いたい曲を分厚い目次本から探し、その情報を送信するための重要アイテムでした。
もともとレーザーカラオケは、1枚当たり5~20曲程度入っているディスクを都度入れ替える必要があり、選んだ楽曲の収録ディスクを探して本体に挿入するオペレーターも必要でした。
その後、主要曲が収録された数枚のディスクを格納して自動再生できるオートチェンジャーが登場します。目次本で歌いたい曲を探すと、そこに収録ディスクと曲番号が記載されていて、その番号をリモコンから本体へ送信する仕組みでした。
この操作方法はCDグラフィックスのカラオケや通信カラオケにも引き継がれます。オートチェンジャーのディスク番号と楽曲番号のように、楽曲ごとに固有の番号が割り振られ、それをリモコンから送信することでサーバーからその演奏データをダウンロードしていました。
楽曲の数字のとおりボタンを丁寧に押し、リモコン上部の液晶画面に表示された数字と目次本の数字を照合して最終チェック。脇を締め、リモコンを水平に保持し、赤外線送信部をカラオケ本体に向けて送信ボタンを押し、すべての番号が受信されるまで決して動かさない。
そんな作法がありました。リモコンがブレると数字が欠落し、違う曲が再生されてしまうことも。その場合、知らない曲でも最後まで歌わなくてはいけない仲間内ルールがあったりしました。
その後の液晶とタッチペンによるデンモクの時代には起こらなくなりましたが、知らない曲を無理やり歌う文化は、令和の今こそカラオケリモコンとともに復活していただきたいです。