32年ぶりの自国開催となる「愛知・名古屋アジア大会」。「競技と運営」における新たな挑戦の意義【松田丈志の手ぶらでは帰さない! ~日本スポーツ<健康経営>論~ 第31回】

文/松田丈志 写真提供/Cloud9

来月、第20回アジア競技大会(愛知・名古屋大会)が開幕する。国内開催は1994年広島大会以来32年ぶりだ。選手としての経験と、大会組織委員会のアスリート委員会副委員長という運営側の視点の双方から、今大会の持つ意義をお伝えしたい。

【「五輪中間年」だからこそ挑めるトライ&エラー】

私は現役時代、2002年の釜山大会を皮切りに4大会連続でアジア大会に出場し、複数の金メダルを獲得することができた。その経験から痛感しているのは、4年サイクルのオリンピックに向けて「中間年」に位置するアジア大会の重要性だ。

2014年仁川アジア大会の4×200mフリーリレーでは、大会新記録で金メダルを獲得しました。メンバーは左から萩野公介、小堀勇氣、瀬戸大也、松田です2014年仁川アジア大会の4×200mフリーリレーでは、大会新記録で金メダルを獲得しました。メンバーは左から萩野公介、小堀勇氣、瀬戸大也、松田です
五輪中間年は「大胆なトライ&エラーができる絶好のタイミング」だ。水泳界では翌年に世界選手権、その翌年に五輪本番が迫る中、直前の大幅な変更はリスクが高すぎる。だからこそ、この時期に「五輪でどんな泳ぎ・体作りで挑むか」を描き、恐れずに新たな挑戦や修正を試みる。この「仕込み」こそが五輪イヤーに大きく花開く鍵になる。

また、日本代表として参加できる主要な総合国際競技大会は、五輪、アジア大会、FISUワールドユニバーシティゲームズなど数が限られている。この経験が重要なのは、単一競技の枠を超え「TEAM JAPAN」の一員として戦える点だ。他競技の選手に刺激を受け、喜びや誇り、プレッシャーを分かち合う空気感は総合大会ならではのものだ。

そしてもうひとつ重要なのが「衣食住の環境への適応力」だ。ホテルで快適に過ごせる単一競技大会と違い、選手村などの集団生活では食事や空間に制限が生じる。その中でストレスを自分自身でコントロールしコンディションを整えられるかどうかが、五輪本番で結果を出すための決定的な差となる。

【東京2020のリベンジと自国開催の熱気】

私は自国開催のアジア大会を経験できなかった。それだけに、日本のファンの大歓声を背に受けて戦える今大会の代表選手たちが心底うらやましい。

2021年の東京五輪はコロナ禍に見舞われ、無観客での開催となった。選手たちの躍動は勇気を与えたが、満員の観客とともにスポーツの熱気や一体感をフルパッケージで分かち合うことはできなかった。その悔しさは、ファンやアスリートの心に今も残っているはずだ。

だからこそ今大会は、ある意味での「リベンジ」であり、総合国際大会を日本で開催することの本来の価値やスポーツの楽しさを、社会や地域へ改めて伝える重要な役割を担っている。

【「大規模な選手村を作らない」新時代のスマートな大会】

今大会は「従来のような大規模な選手村を新設せず、既存施設などを最大限に活用する」という持続可能な大会運営モデルに挑戦している。

競泳・飛込と馬術が東京の既存施設で行われるほか、宿泊拠点もガーデンふ頭の移動式宿泊施設(Villas)や金城ふ頭の大型クルーズ船、既存ホテルを活用した分散型を採用した。

名古屋港に停泊し、宿舎として活用される大型クルーズ船「コスタ・セレーナ」号。約1500室あり、選手や大会関係者ら延べ約4000人が宿泊します。食堂として使うダイニングはこんなに広い!名古屋港に停泊し、宿舎として活用される大型クルーズ船「コスタ・セレーナ」号。約1500室あり、選手や大会関係者ら延べ約4000人が宿泊します。食堂として使うダイニングはこんなに広い!
大規模な選手村を作らないからこそ、「宿泊場所が分かれても、いかに選手たちの環境を均一にし、フェアな状況をつくり出せるか」。これが私たちアスリート委員会の強い思いだった。

アスリート委員会としても何度も現場視察を行い、どの拠点であっても選手が不公平やストレスを感じず力を発揮できるよう細かな改善を積み上げてきた。先日の試食会も含め、万全の受け入れ態勢が整いつつある。

【街の中心でファンとつながる「ONE ASIA WORLD」と子どもたち】

会場が広域に分散するからこそ、都市の中心部でファンと選手が直接つながる取り組みにも注目してほしい。名古屋・久屋大通公園を中心に展開される公式ファンゾーン「ONE ASIA WORLD」だ。

これはパリ五輪で大好評だった「チャンピオンズパーク」のように、連日メダリストが登場してファンと歓喜を分かち合う「メダリストセレブレーション」をはじめ、チケットがなくてもアジアの食や文化、スポーツ体験を誰もが楽しめる開かれた空間だ。競技会場の熱狂を街中へ広げ、選手と人々が触れ合える貴重な場となる。

そして、社会に残すもうひとつのレガシーが「人づくり」だ。地元中学生が運営を支える「ユースサポーター事業」を実施し、衣類運搬や会場案内など、特別支援学級の生徒を含む子どもたちがアジアのアスリートやスタッフと直接触れ合う。私自身も大会期間中に、子どもたちと一緒にボランティアとして現場に入り、共に汗を流す予定だ。

東京五輪では叶わなかった生の体験を通じ、子どもたちが「ささえる」側の視点から多くの気づきを得てほしい。多様性を認め合い、共生社会の実現へつながるこの経験こそが地域に生き続ける最大の財産になる。

【アジアの熱気を、ぜひその目で】

アジア45の国と地域からトップ選手が集結するアジア大会。アスリートとしてのステップアップの貴重な舞台であることは間違いない。私としては、出場する選手たちにこの自国開催のビッグステージを心から楽しんでほしいし、次の世界選手権や五輪を見据える選手たちには絶好のチャレンジの場にしてほしいと思う。

持続可能な新しい大会運営、選手たちの熱い挑戦、そして街中でファンや子どもたちと分かち合う感動。テレビの前やファンゾーンはもちろんのこと、競技会場の近くにお住まいの皆さんには、ぜひ会場に足を運んで生の熱気を感じてほしい。32年ぶりに日本へやってくるアジア最大のスポーツの祭典をともに体感し、選手たちに温かい声援を送ってほしい。

★不定期連載『松田丈志の手ぶらでは帰さない!~日本スポーツ<健康経営>論~』記事一覧★

  • 松田丈志

    松田丈志

    Takeshi MATSUDA

    宮崎県延岡市出身。1984年6月23日生まれ。4歳で水泳を始め、久世由美子コーチ指導のもと実力を伸ばし、長きにわたり競泳日本代表として活躍。数多くの世界大会でメダルを獲得した。五輪には2004年アテネ大会より4大会連続出場し、4つのメダルを獲得。12年ロンドン大会では競泳日本代表チームのキャプテンを務め、出場した400mメドレーリレー後の「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」の言葉がその年の新語・流行語大賞のトップテンにもノミネートされた。32歳で出場した16年リオデジャネイロ大会では、日本競泳界最年長でのオリンピック出場・メダル獲得の記録をつくった。同年の国体を最後に28年の競技生活を引退。現在はスポーツの普及・発展に向けた活動を中心に、スポーツジャーナリストとしても活躍中。主な役職に日本水泳連盟アスリート委員、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)アスリート委員、元JOC理事・アスリート委員長、日本サーフィン連盟理事など

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