子どもが減る時代に、プールをどう守る?【松田丈志の手ぶらでは帰さない! ~日本スポーツ<健康経営>論~ 第28回】

文/松田丈志 写真提供/Cloud9

私は一般財団法人渋谷区スポーツ協会と協力して水泳事業に取り組んでおり、定期的に水泳クリニックを開いています。中学生から社会人・シニアまで、毎回テーマを変えながら参加者と一緒に水泳と向き合っています。そのクリニックで学んだことを発揮する場として、渋谷区スポーツ協会と一緒に立ち上げたのが「渋谷オープン・水泳タイムトライアル」です。

渋谷区内の中学・高校の水泳部員や、トライアスリート、社会人・シニアまで、様々な人が集まる場になっており、会場は東京体育館の50mプールです。渋谷区にあるこの施設を大会の場として活用したいという思いもありました。施設の指定管理を担うルネサンスさんや、私のスポンサーであるスイムブランドのSPEEDOさんの協力も得て運営しています。

私が現役を退いた後も、こうしてプールに入り続けているのには理由があります。

2025年10月26日に、東京体育館のプールで「第2回渋谷オープン 水泳タイムトライアル」を開催した時の一枚。左からオリンピアンの小堀倭加(こぼり・わか)、松本信歩(まつもと・しほ)、パラリンピアンの鈴木孝幸(すずき・たかゆき)。3人はそれぞれ個人種目とリレーに出場してくれました。私もエキシビションのリレーで自由形を泳ぎました2025年10月26日に、東京体育館のプールで「第2回渋谷オープン 水泳タイムトライアル」を開催した時の一枚。左からオリンピアンの小堀倭加(こぼり・わか)、松本信歩(まつもと・しほ)、パラリンピアンの鈴木孝幸(すずき・たかゆき)。3人はそれぞれ個人種目とリレーに出場してくれました。私もエキシビションのリレーで自由形を泳ぎました

【身体で学ぶことの価値】

日本では年々子どもの数が減り続けており、少子化は想像以上のスピードで進んでいます。そんな中で、子どもたちが幼少期にどんな運動経験を積むかは、これまで以上に大切なことになってきていると思っています。そして、AIなどテクノロジーの進化が著しい時代に、身体を動かすことの意味は逆に大きくなってくるのではないかとも感じています。

水泳に限らず、スポーツを通じた身体的な体験が子どもたちの成長に果たす役割は大きい。だからこそ、子どもたちが運動を体験できる場所を守っていくことは、地域社会にとって意味のあることだと思っています。そして今、その場所には大きな変化が起きています。

【静かに消えていく、地域のプール】

地域に根ざしたスイミングクラブの廃業が、全国各地で続いています。

記憶に新しいところでは、2025年3月末、横浜市西区のヨコハマスイミングクラブが50年の歴史に幕を閉じました。五輪メダリストの中村礼子さんらを輩出してきた名門クラブが、会員数の減少と施設の老朽化を理由に廃業したのです。同年、1976年創業のウォーターメイツ スイムクラブも施設の老朽化を理由に2026年7月での営業終了を発表しました。

こうした廃業はニュースになるケースばかりではなく、スイミングを含むスポーツ教室全体では2024年の休廃業・解散は前年比約2倍の48件にのぼり、加速度的に増えています。施設の老朽化、建替えコストの高騰、少子化による会員数の減少など要因は様々ですが、小規模な地域クラブの廃業が増え、大手チェーンへの集約が進むという二極化が起こっています。さらに学校のプール授業の廃止・縮小も各地で続いています。

【渋谷区での取り組み】

渋谷区では、「シブヤ部活動改革プロジェクト」として区立中学校8校の運動部の地域展開を進めており、水泳もその対象の一つです。自治体が持つ公共プールを活用しながら、民間の指導者が運営に関わる仕組みで、私もその一翼を担っています。

この取り組みの背景には、渋谷区長・長谷部健さんの思いがあります。区内に屋内プールを整備するからには、学校の授業利用だけで終わらせず、朝から晩まで子どもから大人まで区民が水泳を楽しめる場にしたい、というものです。私もその考えに賛同してこのプロジェクトに関わっています。

さらに渋谷区は今後20年間で区内22の学校施設を建て替える計画を進めており、新たな施設一体型の小中一貫校が3校誕生する予定です(2031年開校予定が2校、2038年開校予定が1校)。区の整備方針には「地域に開放する屋内プール」が明記されており、新しく生まれる屋内プールを地域の水泳インフラとして最大限活用する。渋谷区はその実験を、すでに動かし始めているのです。

【子どもたちの水泳の機会を、日本全国で絶やさないために】

子どもたちが水泳を体験できる機会を守るために、今できることは何か。新しくプールを建てることが難しい時代であれば、今すでにあるプールをどれだけ有効に使えるかを考えるところから始めるしかありません。自治体の施設も、民間のクラブも、学校の施設も、「誰のプールか」という枠を少し外して、より多くの子どもたちが使える場にしていく。行政・民間・学校が連携することで、その可能性は広がると思っています。

ただ、こうした取り組みを紹介すると、「財源のある渋谷だからできる話だ」という声が出ることは想像できます。確かに渋谷区は財政的に恵まれた自治体の一つであり、すべての地域で同じことを再現できるわけではありません。

私自身、宮崎県出身なので地方の実情も理解しています。地方では施設の数が少ない上に、子どもをプールへ運ぶ移動・輸送の問題も必ず出てきます。それでも、今あるプールを官民で共有し子どもたちに開いていくという発想自体は、財源の規模に関係なく取り組める考え方だと思っています。渋谷区の実験を一つの参考にしながら、各地域の実情に合ったやり方を一緒に考えていけたらと思っています。

子どもが減っていく中で、一人でも多くの子どもに水泳の機会を届けるにはどうすればいいか。プールサイドに立ちながら、私なりに考え続けています。
老若男女誰もが体を動かし笑顔になれる場所が身近にある。このような場が全国でもっともっと増えるように、私はこれからも各地で活動していくつもりです老若男女誰もが体を動かし笑顔になれる場所が身近にある。このような場が全国でもっともっと増えるように、私はこれからも各地で活動していくつもりです

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  • 松田丈志

    松田丈志

    Takeshi MATSUDA

    宮崎県延岡市出身。1984年6月23日生まれ。4歳で水泳を始め、久世由美子コーチ指導のもと実力を伸ばし、長きにわたり競泳日本代表として活躍。数多くの世界大会でメダルを獲得した。五輪には2004年アテネ大会より4大会連続出場し、4つのメダルを獲得。12年ロンドン大会では競泳日本代表チームのキャプテンを務め、出場した400mメドレーリレー後の「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」の言葉がその年の新語・流行語大賞のトップテンにもノミネートされた。32歳で出場した16年リオデジャネイロ大会では、日本競泳界最年長でのオリンピック出場・メダル獲得の記録をつくった。同年の国体を最後に28年の競技生活を引退。現在はスポーツの普及・発展に向けた活動を中心に、スポーツジャーナリストとしても活躍中。主な役職に日本水泳連盟アスリート委員、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)アスリート委員、元JOC理事・アスリート委員長、日本サーフィン連盟理事など

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