ブービーでも大満足! 50kmを走って見つけた佐渡の新たな可能性【松田丈志の手ぶらでは帰さない! ~日本スポーツ<健康経営>論~ 第33回】

文/松田丈志 写真提供/Cloud9

10月17日、新潟県佐渡市で第1回「SADO ISLAND GOLD TRAIL」が開催された。僕も佐渡スポーツ振興大使として立ち上げに関わり、ロング50kmの部に出場した。

結果は完走者の中で下から2番目のブービー。タイムは9時間41分。制限時間10時間まで残り19分のギリギリのゴールだった。ちなみに優勝した間野幸浩選手は5時間7分58秒。同じコースを走ったとは思えない速さだ。

トレイルランニング大会への出場は2021年以来、5年ぶり。その時も50kmを走ったが、今回は累積標高約2700mと、さらにハードだった。

スタートは両津港近くの「あいぽーと佐渡」。約9kmのロードを走って山道に入ると、約3kmで標高差900mを登る急坂が待っていた。

ここで助けられたのがトレッキングポール。腕や背中の力も使えるので、急登では心強い。水泳で鍛えた上半身が大いに役立った。ポールの使用が認められていることを知らない参加者も多かったので、来年はしっかり周知していきたい。

トレッキングポールは、上半身の力を利用して推進力を得るだけでなく、悪路でバランスを保つうえでも心強い道具。僕も大いに助けられました(©ALLSO)トレッキングポールは、上半身の力を利用して推進力を得るだけでなく、悪路でバランスを保つうえでも心強い道具。僕も大いに助けられました(©ALLSO)
苦しい登りを終え、稜線に出た瞬間、その景色に「うぉ~!!!」と思わず声が出た。佐渡の山は標高1000mほどだが、厳しい冬の季節風によって森林限界のような景観が生まれ、3000m級の山を思わせる開放的な景色が広がる。大会プロデューサーの鏑木毅さんから聞いていたものの、想像以上だった。

左右に広がる日本海、佐渡特有のS字形の島の輪郭、眼下の平野や集落、どこまでも続く稜線。標高の高い場所では紅葉も進み、秋色に染まった山々が美しかった。視線を動かすたびに、海と山が織りなす景色が次々と現れる。島の両側に海を望みながら稜線を走るという、佐渡ならではのスケール感に圧倒された。

20回以上佐渡を訪れている僕も、山からの景色は初めてだった。これまで海から、街から見てきた佐渡とはまるで違う。同じ島にこんな表情があったのか。何度も訪れた場所で、新鮮な驚きを感じることができた。

この絶景を見ながら走れるなんて、最高のレースだと思いませんか。このコラムを読んだ方が、来年の大会に参加してくれたらうれしいですねこの絶景を見ながら走れるなんて、最高のレースだと思いませんか。このコラムを読んだ方が、来年の大会に参加してくれたらうれしいですね
もちろん絶景だからといって楽には走れない。稜線のアップダウンを繰り返し、「まだ登るのか!」と心の中で叫んだ。それでも参加者と声を掛け合い、会話しながら進む時間は苦しくも楽しくもあった。

大会後のSNSには景色を絶賛する声が相次ぎ、「日本一のトレイルの景色では」という声も。立ち上げに関わった一人として、本当にうれしかった。

エイドステーションも佐渡らしい。そば、おけさ柿、みたらし団子、とち餅、たくあんパン。地元の味で補給しながら、食や文化に触れられるのもこの競技の面白さだ。

大会を実現してくださった方々への感謝も忘れられない。佐渡市スポーツ協会、佐渡市、スポンサーの皆さん、長年山を守ってきた地元山岳協会、コースの使用許可に協力してくださった地域の方々。皆さんの支えがあってこその開催だった。

レース中、出場していた山岳協会の方と話す機会があった。大切に守ってきた山を大勢のランナーが駆け抜け、景色に感動する。その様子を、どこかうれしそうに、誇らしげに見ていた姿が印象に残っている。山の魅力がスポーツを通じて広がる。そこにも開催の意義を感じた。

登りでは頼もしい味方だった上半身も、急な下りでは一転してお荷物に。その重みが一歩ごとに脚にのしかかる。下り終えてもアップダウンの続くロードが待ち受け、疲れ切った脚を動かし続けて何とかゴールした。

制限時間まで残り19分。フィニッシュラインを越えた瞬間、ようやく走りきったという安堵感が込み上げてきた。でも、それ以上に大きかったのは、佐渡に新しいスポーツイベントが産声を上げ、その第1回大会を無事に終えられた喜びだった。

僕自身が50kmを走り、あの絶景を目にしたことで、この大会の魅力を自分の言葉で伝えられるようになった。佐渡の山には、まだ多くの人が知らない素晴らしい景色がある。それを体験してもらう新たな舞台ができたことが何よりうれしかった。

佐渡にはマラソン、ロングライド、オープンウォータースイミング、トライアスロンという歴史ある4大スポーツイベントがある。そこに第5の大会としてトレイルランニングが加わり、佐渡のスポーツツーリズムに新たな魅力が生まれた。

100名限定のアフターパーティーでは、佐渡のクラフトビールや地酒、人気寿司店「弁慶」のお寿司、地元レストランのケータリング料理を囲んで参加者と交流した。佐渡が培ってきた「おもてなし」の心を、この大会でも大切にしたい。

9時間41分かかりましたが、無事完走できました。ゴール直後はもう何もできないくらい疲れ切っていましたが、アフターパーティーの美食と美酒で生き返りました。いやー、本当においしかったし楽しかった(©ALLSO)9時間41分かかりましたが、無事完走できました。ゴール直後はもう何もできないくらい疲れ切っていましたが、アフターパーティーの美食と美酒で生き返りました。いやー、本当においしかったし楽しかった(©ALLSO)
もちろん初開催だけに課題もある。制限時間の延長、現在は約60%となっているトレイル区間の拡大、100名限定だった30kmの参加枠増、アフターパーティーの拡充など、参加者の声を受け止め、改善していきたい。

大会はまだ磨き上げる必要がある。それでも、佐渡の山の魅力を全国に伝える新しい手段を手に入れることができた。スポーツを通して、地域の魅力を引き出す力を改めて感じることができた。

順位はブービーだったけれど、佐渡の未来につながる大きな可能性を持ち帰れた。「SADO ISLAND GOLD TRAIL」を、佐渡を代表する新しいスポーツイベントへと育てていきたい。

★不定期連載『松田丈志の手ぶらでは帰さない!~日本スポーツ<健康経営>論~』記事一覧★

  • 松田丈志

    松田丈志

    Takeshi MATSUDA

    宮崎県延岡市出身。1984年6月23日生まれ。4歳で水泳を始め、久世由美子コーチ指導のもと実力を伸ばし、長きにわたり競泳日本代表として活躍。数多くの世界大会でメダルを獲得した。五輪には2004年アテネ大会より4大会連続出場し、4つのメダルを獲得。12年ロンドン大会では競泳日本代表チームのキャプテンを務め、出場した400mメドレーリレー後の「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」の言葉がその年の新語・流行語大賞のトップテンにもノミネートされた。32歳で出場した16年リオデジャネイロ大会では、日本競泳界最年長でのオリンピック出場・メダル獲得の記録をつくった。同年の国体を最後に28年の競技生活を引退。現在はスポーツの普及・発展に向けた活動を中心に、スポーツジャーナリストとしても活躍中。主な役職に日本水泳連盟アスリート委員、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)アスリート委員、元JOC理事・アスリート委員長、日本サーフィン連盟理事など

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