AKB48山根涼羽(すずは)「ずっと憧れていたAKB48に7回目の挑戦で加入することができました」【連載 なんで令和にAKB48? Season2】

取材・文/関根弘康 撮影/篠田直人

国民的アイドルグループと呼ばれたAKB48が誕生して20年。現役のメンバーたちは何を思い、どんな活動をしているのか? パーソナルヒストリーを掘り下げる連載なんで令和にAKB48? Season2」。第14回は2016年12月8日に16期生としてお披露目、先日、間違えて自撮りとともに炊飯器を投稿し、万バズした山根涼羽(やまね・すずは)。前編では子供時代や何度もオーディションに挑戦した話などを聞かせてもらった。

【ダンス審査はいつも体操着で挑んでました】

――最初にAKB48人生におけるターニングポイントを聞かせてください。

山根 KLP48に移籍した時です。スタッフさんからLINEで、「こういう企画をしているんですけど、入りたい方はいらっしゃいますか?」って文章をいただいて。人生は直感でいつも選んでいて、これは楽しそうと思って行くことを決意しました。 

――海外へ行くって大きな決断だけど、悩んだりなかった?

山根 どれだけ悩んでも、マレーシアに行きたいっていう気持ちが変わらなかったです。母とお友達、あと千葉恵里ちゃんと大盛真歩ちゃんにはずっと相談していて。ふたりは離れるのはさみしいけど、「いいんじゃない?」って、すごく前向きに言ってくれました。

――じゃあ生い立ちから聞きましょう。子供の頃はどんなコでしたか?

山根 わんぱくでした。川で泳いだり、海に潜ってお魚を取ったり。動物園に行ったら、その辺にいる鳥を捕まえそうな勢いで走り回ってたりとか(笑)。もうずっと外で走り回って、顔に傷があってとか、そんな感じでした。

――学校ではどんな感じ?

山根 男女関係なく、休み時間はドッジボールをしに行ったり、学校が終わりそうになったら、「誰かこの後遊ぶ人!」って言って、放課後に校庭で遊んだり。すっごい明るかったと思います。 

――結構まとめてた?

山根 学校ではまとめられないんですけど、放課後の遊びは私が誘うみたいな感じでした。

――勉強は?

山根 お勉強は本当にできなくて。でもしょうがないかみたいな。遊んでるの楽しいしって、勉強は開き直ってましたね。

――スポーツは?

山根 めっちゃ得意で、特に走ることがめちゃめちゃ好きで。市の代表に選ばれて甲子園球場で走ったことがあったり。

――甲子園ですか?

山根 兵庫に住んでるコたちは、甲子園球場で体操を披露するみたいなのがあって、その最後にリレーがあるんです。学校で男女8人が選ばれて、市内で1位を取って、甲子園球場で走ったのが一番の輝きでしたね。

――すごいです。部活は何を? 

山根 バレーボール部に入ってました。小学校5年生のときに習い事で少しやって、中学生になって本格的に始めました。レギュラーに入れてもらっていて。でも途中でAKB48のオーディションを受けるようになったので、レギュラーを外れました。

――小さい頃に憧れていたものは?

山根 小学生のときからずっとAKB48が好きでした。1回握手会に行って、ミニライブを見てから、応援って気持ちじゃなくて、なりたいに変わりました。あまりにもなりたすぎて、頭にストローをつけてヘッドセットっぽくして、似ている衣装を買って、母とぬいぐるみを観客にしてコンサートをしたり。

――当時、誰と握手したんですか? 

山根 篠田麻里子さんですね。ずっと大好きで、握手会もずっと通ってました。 

――きっかけは何だったんですか?

山根 小学4年生か5年生くらいに、『RIVER』のCD発売のCMを見て、かっこいいと思って見始めたのがきっかけで。あと自分が住んでいたマンションでAKBぷっちょが流行ったんです。隣のおうちのコが集めていて、私も集めたいって箱買いとかしてました。

でも、握手は習い事も忙しくて、なかなか行けなくて。『GIVE ME FIVE!』からですね。習い事を休んで行って、そこからは通ってました。

――最初にオーディションを受けたのは?

山根 チーム8のオーディションで小学6年生くらいだったと思います。最初はAKB48がいいと思って受けて、なかなか合格できなくて。ドラフト2期生オーディションも最終まで行って、誰にも指名されずに終わっちゃて。そこから48グループに入りたい気持ちに変わって、NMB48さん、SKE48さん、NGT48さん、HKT48さんもみんなもう少しのところでダメで、受け続けて7回目でやっと合格しました。4年くらいかかりました。

――よく諦めなかったですね。

山根 最終までいってしまったから、逆に諦めきれなくて。意地になっちゃって、絶対入ってやるっていう気持ちになってましたね。親も「涼羽がやりたいことを尊重したいから、納得するまで受けなさい」って言ってくれてました。

――受かるために試行錯誤もあったんですか?

山根 歌もダンスもしてなかったので、目立てるように、ダンス審査に体操服で行ったり(笑)。質疑応答でちょっと面白おかしく言ってみたり、そういうのを心がけてましたね。 

――体操服ですか!?

山根 体操服で応募写真を送って、体操風でダンス審査も受けてみたいな。お決まりの格好になってましたね。

――頑張ってたんですね。

山根 いつかAKB48に受かるっていう自信があって。兵庫から東京に行かなあかんから、交通費を稼がないとって、アルバイトができる高校に行って。高校の面接でも「私、AKBになりたくて」って言ったんです、「そのために勉強したいし、バイトもしたいので、この高校を選びました」って。

【常に壁があったけど、入れなかった時期に比べたら幸せ】

――初めて同期と会ってどうでしたか。

山根 19人いたので、人数多いなって思いました。あとみんな可愛くてびっくりしました。

――誰が中心とか?

山根 (田口)愛佳ちゃんがリーダーみたいになってましたね。オーディションでも「みんなでストレッチしよう」って大きい声を出したり、その頃からリーダーシップがあったんだと思います。

――山根さんも小学校時代はそんな感じだったじゃないですか。

山根 遊びに行くとか、ご飯に行くとか、そういうのは変わらずリーダーでしたね。

――東京暮らしはいかがでした?

山根 ひとりで上京したので、美味しいモノの誘惑が大変でした(笑)。これテレビで見たとこだとか。ひとりで電車に乗ったことがなかったので、切符の買い方もわからず。これってどうするのとか、毎日母と連絡を取り合ってましたね。

あとAKB48劇場も行ったことがなくて。ずっとメイキングで見ていたので、ここがあの劇場かって。思ったより小さくてびっくりしました。

――最初のステージは?

山根 『11周年記念特別公演』がお披露目だったんです。緊張しすぎて、あんまり記憶ないんですけど。すっごいペンライトが綺麗だったことは覚えていて。オーディションをずっと受けてきてよかったなって。

――19人いて、ポジションはどうだったんですか?

山根 三列目の一番端でした。すごい悔しくて、何が何でもはい上がってやろうって気持ちで、レッスン受けてましたね。

――端っこですか。

山根 小さいコたちが真ん中にいて、なぜか山内瑞葵ちゃんとか、ダンスができるコも後ろに下げられて。後ろの方で一緒に頑張ろうねって言ってました。

――子役もやってたのに。

山根 顔立ちもアイドルとして出来上がってたし、ダンスも歌もできてたので、なんでここなんやろうというのはずっと思ってました。

――初期を振り返ってどうですか?

山根 みんな若かったのでケンカも多いし、日々泣いてるし。でもすぐに単独コンサートが待っていたので、みんなで一緒にいなあかんから、力を合わせて頑張ろうって。何回も踏ん張ってました。 

――イベントが続きましたもんね。

山根 でもAKB48のファンだったので、これは恵まれすぎてるなとも思ってました。

――ずっとファンだったAKB48に入ってどうでした。

山根 周りにずっと見てきたメンバーさんがいて、ちょっと浮かれましたね。でも、自分の立ち位置が後ろすぎて、その現実に打ち砕かれたというか。選抜メンバーになりたいって思ってたんです。なのに、同期の中でさえ一番後ろの端っこって。なのでずっと焦ってました。

――壁にぶち当たった。

山根 ずっと壁がありますね。 当時、同期で握手は一番人気があったんですよ。16期生1周年のときに昇格発表があったんですけど、そこに入れなくて。人生初めての挫折でした。

その日はもう朝まで泣いて。母と連絡してたんですけど、あまりに落ち込みすぎて、母が心配して始発の新幹線で東京まで来てくれたり。

――すごいですね。

山根 涙も枯れ果てました。次の日にケータイを開いたら、SNSがファンの方のメッセージであふれていて、まだ頑張りたいなって思うように。

――悔しいとかSNSで書いたんですか。

山根 悔しくて書けなかったです。当時は尖っていて、慰められるとか同情されるのが、あんまり好きじゃなかったので、何事もなかったかのようにしてました。

10代は常に壁がありましたね。何かのフェス、若手選抜のイベント、若手だけの曲、MV、全く選ばれなかったんですよ。でもファンの方はすごく頑張ってくださって、握手会にたくさん来てくださったり、投票イベントとかもすごく頑張ってくださったりで。これは自分の実力のなさで選ばれてないみたいな。ずっと号泣してるみたいな感じでしたね。 

――何か裏であったんじゃないかってぐらい。

山根 そんな噂も立つくらいで。でも本当に真剣にAKB48に向き合っていて、後ろめたさは全くなかったので、頑張り続けて、もがき続けるしかなかったですね。

――嫌になって辞めてしまう人もいたと思うんですけど、続けようって思ったのは?

山根 根本にAKB48に入りたいって、目指してた期間が一番苦しかったなっていうのがあって。あの時に比べたら、今、AKB48にいるんやから幸せでしょって、自分で言い聞かせてました。(後編に続く)

【連載「なんで令和にAKB48?」は木曜日更新。KLP48の話や、今のAKB48についてなど語る後編は8月6日公開!】


●AKB48
2005年(平成17年)12月8日、秋葉原のAKB48劇場で1期生お披露目。
2025年12月4日に21期生がデビュー。
68thシングル『好きish』が8月19日発売!! 発売記念イベント情報はこちらから
秋のコンサート「AKB48 THREE CONCEPTS LIVE」が9月26日、27日(日)Kアリーナ横浜で開催決定!
最新情報は公式ホームページをチェック。

●山根涼羽(やまね・すずは)
2000年8月11日生まれ、兵庫県出身
身長158cm
Nickname=ずんちゃん
公式X【@48Suzuha_16LOVE@】
公式Instagram【@suzuha48yamane16】

『週プレChannel』にてメイキングムービー公開中!

『週プレ グラジャパ!』で山根涼羽の撮り下ろしグラビア&ロングムービーを公開中!

17期生~20期生までの撮り下ろしグラビア&ロングムービーは『週プレ グラジャパ』をチェック! 

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