"争点だらけ"の沖縄県知事選、全候補者に突撃! 米軍基地の辺野古移設、全国最低水準の所得改善、鉄軌道の実現......

取材・文・撮影/畠山理仁

玉城デニー候補の集会の様子。玉城候補は『友よ』(岡林信康)や『スタンド・バイ・ミー』(ベン・E・キング)といった曲を弾き語り玉城デニー候補の集会の様子。玉城候補は『友よ』(岡林信康)や『スタンド・バイ・ミー』(ベン・E・キング)といった曲を弾き語り
9月13日投開票の沖縄県知事選挙は、現職で3期目を狙う玉城デニー氏と新人・古謝玄太(こじゃ・げんた)氏の"保革対立"とされているが、その見立てはハッキリ言って表面的だ。

選挙取材の達人・畠山理仁(はたけやま・みちよし)氏が、6人の候補者と出馬を辞退した1人の計7人に取材。全員に聞いたからこそ見えてきたもの、それは一筋縄ではいかない沖縄が抱えるあまたの課題だった。

*  *  *

【候補者6人の主張】

過去最多の6人が立候補している沖縄県知事選挙(8月27日告示・9月13日投開票)が熱い。まずは今回の立候補者を届け出順に紹介する(年齢は投票日時点)。

無所属新人で前那覇市副市長の古謝玄太氏(42歳)は、自民党、日本維新の会、国民民主党、参政党、日本保守党、公明党県本部の推薦を受ける。「県政刷新」を旗印に「県民所得の倍増。手取りを2倍にする」と主張する。

街頭演説をしたくないという兼島俊候補。理由は「恥ずかしいから」。「でも選挙中にはやります。挑戦する大人の姿を次世代に見せたい」と語る街頭演説をしたくないという兼島俊候補。理由は「恥ずかしいから」。「でも選挙中にはやります。挑戦する大人の姿を次世代に見せたい」と語る
末吉正弘候補は「街宣車はつくらず、自分の介護施設での口コミとSNSを中心に訴えます。TikTokの反応はいい。40万票取る」と宣言末吉正弘候補は「街宣車はつくらず、自分の介護施設での口コミとSNSを中心に訴えます。TikTokの反応はいい。40万票取る」と宣言
IT会社社長の兼島俊(かねしま・しゅん)氏(48歳)は、スマホを活用したデジタル目安箱システム「地声(じごえ)」の導入を提唱。

医療法人会長の末吉正弘(すえよし・まさひろ)氏(73歳)は、「困っている人たちを救いたい。地元の中小企業も支援する」と訴える。

現職の玉城デニー氏(66歳)は、立憲民主党、日本共産党、社会民主党などから支援を受ける。演説では2期8年間の実績を数字で示しながら、「平和が原点。誰ひとり取り残さない優しい沖縄をさらに先へ進める」と有権者に語る。

比嘉隆候補は「過去6回の選挙で1000万円は供託金を没収されましたが、私が主張することで誰かの命が救われるのなら安い」と話す比嘉隆候補は「過去6回の選挙で1000万円は供託金を没収されましたが、私が主張することで誰かの命が救われるのなら安い」と話す屋良朝助候補は「私は保守の立場です。沖縄は先の戦争で10万人以上の民間人が死んでいる。だからどうしても戦争はしたくない」と涙を流す屋良朝助候補は「私は保守の立場です。沖縄は先の戦争で10万人以上の民間人が死んでいる。だからどうしても戦争はしたくない」と涙を流す
比嘉隆(ひが・たかし)氏(49歳)は、「コロナワクチン中止」を主張。印象的な写真の大きなプラカードを持って路上に立つ。

琉球独立党の屋良朝助(やら・ちょうすけ)氏(74歳)は20年ぶり2回目の知事選だ。「琉球自治共和国を造り、アメリカ、中国、日本、琉球の4者で話し合う。そして旧琉球王国の範囲を非武装地帯にする」と訴える。


多様な候補者が立つことで、今の沖縄が抱える課題が次々と可視化された。

【「公選法特区」の変貌】

筆者は国内外の選挙を四半世紀取材してきたが、沖縄ほど選挙に熱心な土地を知らない。例えば、公職選挙法は候補者の名前や顔写真を表示したのぼり旗の掲示を原則禁じているが、沖縄の選挙はそんな違法なのぼり旗や看板、ポスターなどが街の至る所で見られ、街中が選挙一色に染まるのが風物詩だった。

ところが今回は街の様子が一変。違法な掲示物がほとんどない。何があったのか。

「以前は『公選法特区』と揶揄(やゆ)されていましたが、SNSでの指摘や法令順守意識の高まりで変化してきたんです。今回は県選管が告示前から違法のぼりの撤去命令を出すなどの強い対応を取っています」(地元紙記者)

しかし、有権者が政治を活発に語る姿は変わらない。筆者は古謝氏と玉城氏が聴衆から「これは実現してくれ」と要求される場面にも何度か出くわした。

【「ミキオ台風」の影響】

今回の知事選を語る上で、どうしても外せない人物がいる。それは"選挙に出なかった"下地幹郎(しもじ・みきお)氏だ。

沖縄県知事選を長く取材してきた全国紙記者が解説する。

「今回の知事選は告示前に座談会や討論会が異例の10回も行なわれました。下地氏も参加し、現職や新人を追及した。そんな人が告示直前に立候補を取り下げ、古謝氏支援を表明したんです」

自民党本部の説得に応じる形で告示直前に出馬を取りやめた下地幹郎氏自民党本部の説得に応じる形で告示直前に出馬を取りやめた下地幹郎氏
7月13日、下地氏はそれまで「出ない」としていた知事選に突然の出馬表明。事務所、選挙カー、ビラを用意し、討論会にも参加した。

しかし告示直前の8月25日、下地氏は東京都内で自民党の鈴木俊一幹事長、西村康稔選挙対策委員長らと会談。下地氏によれば、彼が標榜(ひょうぼう)する「4つの政策」に関する合意書にこのふたりの自民党議員がサインしたことで、出馬を取りやめることにしたという。

この会談は、沖縄県知事選を「最重視する選挙」と位置づける自民党本部の呼びかけによるものだったが、これが「中央による沖縄への介入」として争点になった。

「下地氏は2024年10月の衆院選で落選して政界引退を発表したのに、撤回しての出馬表明。それで今度は直前の出馬撤回と古謝氏への支援表明をするのだから、本当にお騒がせな『ミキオ台風』だよ」(別のベテラン記者)

下地氏が用意していた「幻の選挙カー」下地氏が用意していた「幻の選挙カー」
ここで自民党本部と下地氏が結んだ「合意書」の内容を見てみよう。

【1】沖縄の子供の貧困対策予算を300億円確保する。
【2】沖縄本島の鉄軌道(都市鉄道)の実現に向けて、5年で着工のメドをつける。
【3】2030年のG7サミットを沖縄県に誘致する。
【4】米軍普天間飛行場の辺野古移設工事を工程どおり進め、2036年に終了、その後速やかに普天間基地を返還する。その期日を明らかにする。

【1】~【3】は下地氏の従来の主張と齟齬(そご)はない。鉄軌道については現職も意欲を示している。しかし、【4】は現行の辺野古埋め立て工事に反対してきた下地氏のこれまでの主張とは異なるものだ。

下地氏は翌26日の会見で「沖縄を前に進めるため」「政策を実現するため」の出馬断念だと説明。「(自民党から)どんな見返りがあるのか」と問われると「一切ない」と否定を続けた。また、合意書の「努力することについて合意する」というあいまいな文言も問題になり、「本当に実現するのか」などと追及された。

筆者が「合意は選挙結果にかかわらず実行されるのか」と聞くと、下地氏は「そう読むべきだと思う」「政権与党の幹事長のサインは重い」と明言。しかし、筆者が現地で取材した範囲では、額面どおりに受け取る声は聞こえてこなかった。

「これまで沖縄の民意を散々無視してきた政府が合意を守るわけがないでしょう」

そんな声が上がっている。

【「中央の介入」の是非】

事態をさらに複雑にしているのは、自民党本部と下地氏の合意が自民党沖縄県連への根回しなく行なわれたことだ。

この問題が発覚すると、過去に下地氏と何度も国政選挙で議席を争ってきた自民党沖縄1区支部長の國場幸之助(こくば・こうのすけ)衆議院議員が「地元の頭越しだ」と党本部に強く抗議した。

前回(22年)の県知事選で下地氏が獲得した票は5万3677票。その票が流れるのなら、下地氏の撤退は古謝氏に有利に働きそうにも思える。

ただ、そう簡単にはいかないのが沖縄だ。古謝氏を支援する自民党員からは、こんな声が聞こえてきた。

「党本部が出てきたのはよくない。県連を軽んじている。下地さんの支持者も号令どおりに票を入れる人ばかりではなく、国の圧力に屈した印象も与え、むしろマイナスでは」

古謝玄太候補は自民党、日本維新の会、国民民主党、参政党、公明党県本部といった保守陣営から推薦を受けている古謝玄太候補は自民党、日本維新の会、国民民主党、参政党、公明党県本部といった保守陣営から推薦を受けている
それでは自民党から推薦を受ける古謝氏自身はどう思っているのか。北谷町(ちゃたんちょう)で街頭演説を終えた古謝氏に聞いた。

――自民党本部と下地氏の合意書は、沖縄の人を踏みにじっているとは思いませんか?

「私は自民党員でもないので、コメントする立場ではないかなと思います。自分は最初から現職相手に戦っていくつもりですから、あまりほかの候補者のことは気にせず、現職を追いかけるということでやっていきたいと思います」

【「誰かのせいにしない沖縄」】

筆者は古謝氏が各地で行なう演説を複数回聞いた。最初は、告示日の朝9時から県庁前で行なわれた出陣式だ。ここで印象的だったのは、「誰かのせいにしない沖縄をつくりたい」という言葉だった。

「国、あるいは大企業、県外の資本、こうしたところを悪者にして沖縄の暮らしが良くならないと嘆くのは簡単ですけれども、それでは沖縄は変わりません。

誰かのせいにして今を諦めるのはもうやめましょう。自分たちの手で沖縄の未来を描いて、私は県民の皆さんと共にその実現に向けて進んでいきたい!」

前那覇市副市長で、新人の古謝玄太候補は経済政策を重視。県民の所得倍増などを訴え「国と対等に交渉できるのは私だ」とアピール前那覇市副市長で、新人の古謝玄太候補は経済政策を重視。県民の所得倍増などを訴え「国と対等に交渉できるのは私だ」とアピール
古謝氏の主張は「県民所得の倍増」「子育て支援の拡充」「観光振興」「交通渋滞の解消」など、経済や暮らしに重点を置いたものが多い。国との連携で「沖縄を前に進める」とも訴えている。

「私が目指す沖縄は、沖縄に残りたい人がいろんな分野で活躍できる。帰ってきたい人は戻ってこられる。そんなワクワクする未来をつくる」

知名度では現職が圧倒するが、選挙戦で古謝氏の認知も広がりつつある。

【「沖縄の民意を示す」】

自民党本部が県知事選に直接乗り出したことで、玉城陣営も大いに燃えている。

玉城氏の選対本部長・高良沙哉(たから・さちか)参議院議員は、保守系候補の一本化を「令和の琉球処分」と批判。明治政府が琉球王国を強制的に併合し、沖縄県を設置した歴史的経緯を「琉球処分」と呼ぶが、そこから引用した、かなり強い批判だ。高良氏は「沖縄を二度と戦場にしない」「沖縄のことは沖縄が決める」と訴える。

地元紙記者が言う。

「今年3月の辺野古沖転覆事故後、基地問題への言及は減っていましたが、自民党本部の知事選への介入で世論には『政府vs沖縄県』の構図が見える形になった。国との協調路線を取る古謝陣営にとってはやっかいな事態でしょうね」

実際、玉城氏自身もぶら下がり取材でこう発言している。

「シンプルな形に戻ったんですよ。辺野古移設賛成か反対か。本当にシンプルだからこそ、きっちり有権者の皆さんに問える。下地さんが降りられたことによって、普天間、辺野古が再クローズアップされたと思います」

現職の玉城デニー候補は、当選すれば3期目。名護市辺野古への新基地建設に反対する自身の立場を「琉球保守」と称し、政府との対決姿勢を鮮明に打ち出す現職の玉城デニー候補は、当選すれば3期目。名護市辺野古への新基地建設に反対する自身の立場を「琉球保守」と称し、政府との対決姿勢を鮮明に打ち出す
玉城氏は糸満市で行なわれた街頭演説では、こう訴えた。

「沖縄の民意を示しましょう」

その直後に聞いた。

――沖縄の民意を示す、ということを2期8年続けてきたわけですが、国は沖縄の民意を受け取っていますか?

「受け取っていないですね。正直言って」

――3期目はどうやって受け取ってもらうのですか?

「3期目は大胆に行動したい。国が沖縄の言うことを聞かないならば、国際社会がわれわれの仲間だというアクションを徹底的に起こしたい。そうしないと、平和を求める沖縄の声が世界に広がりません。国民である沖縄県民の声がここまで無視される。国のあり方そのものが異常を来していると言わざるをえません」

――玉城陣営でマイクを持つ弁士は「戦争が近づいている」と強調します。戦争への危機感は強いのでしょうか?

「実は(古謝陣営の)出陣式の後、応援で並んだのぼりの政党の構図を見て、ものすごく怖がっている方々が増えています。そういう考え方に彼(古謝氏)が推されるということは、つまり彼がどういうリーダーになろうとしているかということですよ。対極です。私と」

【沖縄の"政治慣れ"】

県民の所得が全国最低水準の沖縄では、経済や暮らしの底上げが重要な争点だ。

玉城氏は街頭で「今年度当初予算は過去最高の9468億円。与野党全会一致は35年ぶり。知事提案すべて全会一致は史上初です」と2期8年の実績をアピールする。

一方、古謝氏は「県民所得の倍増」を掲げ、国との連携によって「沖縄を前に進める」と主張する。古謝陣営からは「知事が代われば国からの予算を十分に確保できる」「沖縄の未来を開く大型事業を提案できる」との声も聞かれる。

経済や暮らしの底上げを重視する点では共通する一方、明確に立場が分かれるのが米軍普天間飛行場の辺野古移設だ。古謝氏が容認、玉城氏が反対の立場を取る。

そして、その違いは「国と沖縄の関係をどう考えるか」という、さらに大きな対立軸につながっている。

玉城氏は、沖縄の自然や伝統、歴史を重んじる自らの信条を「琉球保守」と表現し、こう訴えた。

「政府とはいろんな話もするし協力もする。しかし、肝心なことを、自己決定権に基づいて政府に対しても言うべきことは言える。県民が選ぶ知事なのか、国が選ぶ知事なのか。どっちの知事を選ぶかが、この選挙だということです!」

沖縄県名護市辺野古の海。このエリアへの米軍飛行場の移設問題は、長年にわたって沖縄の選挙の争点になり続けている沖縄県名護市辺野古の海。このエリアへの米軍飛行場の移設問題は、長年にわたって沖縄の選挙の争点になり続けている

昨今の選挙では、誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)やデマが大きな問題になっており、今回の沖縄県知事選でもSNS上ではさまざまなデマや攻撃が散見される。

しかし、地元紙は細かくファクトチェックを実施し、各陣営も注意喚起や正確な情報発信で対抗。他地域の知事選で起きた混乱の教訓が生かされている。

沖縄の選挙取材で感じるのは"政治慣れ"した有権者が多いことだ。筆者が知事選の取材に来たと告げると、最初に「で、どっちの立場?」と聞かれることが何度もあった。

そのやりとりからも、政治を注意深く見つめる沖縄県民の姿勢が伝わってきた。

辺野古、経済、国との向き合い方。鉄軌道、子供の貧困、交通渋滞、そして平和―沖縄が抱えるさまざまな課題が浮き彫りになった選挙で、沖縄県民はどんな選択をするのだろうか。

●畠山理仁 Michiyoshi HATAKEYAMA 
1973年生まれ、愛知県出身。独自の視点で全国各地の選挙を取材し続けるフリーランスライター。『黙殺 報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い』(集英社)で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほか、著書に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『コロナ時代の選挙漫遊記』(集英社)など。その取材活動は『NO 選挙, NO LIFE』(前田亜紀監督、2023年)として映画化された

  • 畠山理仁

    畠山理仁

    はたけやま・みちよし

    1973年生まれ、愛知県出身。フリーランスライター。2017年『黙殺 報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い』(集英社文庫)で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『コロナ時代の選挙漫遊記』(集英社)などの著書がある

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