なぜ日本の賃金が上がらない? 物価上昇率が「企業>消費者」であるワケ

製造業の原価率(薄い色の折れ線)と、鉱物性燃料GDP比輸入額率≒資源価格(濃い色の折れ線)の推移のグラフはおおむね相似している製造業の原価率(薄い色の折れ線)と、鉱物性燃料GDP比輸入額率≒資源価格(濃い色の折れ線)の推移のグラフはおおむね相似している
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「物価上昇率」について。

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宇宙人が存在するという面白い証明がある。世界各国の輸出合計額と輸入合計額が合致しない。つねに輸入合計額が多い。これは輸入量の一部を宇宙人が吸い込んでいるとしか考えられない、と(実際には各国が関税を取れる輸入だけを厳密にカウントしているためといわれる)。

では「消えた物価差」ミステリーはどうだろう。企業間取引の物価は前年比6%超の急騰をみせた(今年9月)。しかし、生活者は苦しいとはいえ、スーパーの商品の値段(消費者物価)はそこまで上がっていない。これも宇宙人の仕業だろうか。

そこで冒頭のグラフ。製造業の原価率(薄い色の折れ線)と、鉱物性燃料輸入額の対名目GDP比率(濃い色の折れ線)を重ねたものだ。鉱物性燃料とは、天然資源の総称と思ってくれたらいい。

厳密ではないものの、GDPが一定だとすると、資源の値上がり/値下がりを表現している。わわわ。2本の線はかなり相似形だ。ということは、資源の値上がりを企業は価格に転嫁せずにそのまま甘受しているじゃないか。

もちろん、消費者物価にまったく無関係といいたいわけではない。上がっているものもあるし、中身を減らすステルス値上げも有名だ。ただ大きな構造としては、資源高は宇宙人ではなく企業が吸い込んでいるのだ。日本の企業って真面目だね。

日本は多重下請け構造になっていることがよく知られている。孫請けが下請けに、下請けが元請けに、資源の値上がりを申請する。行政はこのところずっと企業間の価格転嫁を熱心に指導してきた。そして実際に価格転嫁は進んできた。それが冒頭の前年比6%超の結果になった。

しかしコストは天然資源だけではない。労務費もあるしエネルギー費もある。2026年3月の調査では、一次下請けであっても負担増の55%ていどしか取引価格に反映できていない。四次下請け以降になると45%ていどだ(2年前には35%だった)。

みなさんが四次下請けの営業担当者だとして、三次下請けの調達係との商談を想像してほしい。電気代の高騰は自社のせいではなく、そのぶん価格を上げてもらいたい。工場全体の負担増は検針票でわかる。

でも、それを個々の製品価格にどう振り分ける? 教科書的には「直接原価への配賦(はいふ)」といい、間接業務で生じる電気代はActivity-Based Costing(活動基準原価計算)といった方法で付加するが、そんな面倒な計算ができる中小零細企業はいない。

それでも「自社の売上の1割が御社からの注文だから、電気代の1割ぶんは面倒を見てくれ」といえなくはない。ただ労務費はどうか。「え、おたくの給与を上げるのに、オレたちが負担しろっていうの?」と思われるかもしれない。それなら給与を上げるのはやめとくか、となる。

そして重要なことに、一次→二次→三次→四次と下るたびに、原価における労務費の比率は高くなる! これは直感的にもわかるだろう。三次、四次の取引先は作業とか、代行とか、人間そのものを販売している。

ここで書いてきた構造こそ日本の賃金が上がらない理由だ。生活者がインフレで大変なのはわかるが、それでもまだ商品は安い。そのぶんは企業と労働者が払っている。消えた物価差の犯人(いや被害者?)は宇宙人ではなく、下請けの財布だ。

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  • 坂口孝則

    坂口孝則

    Takanori SAKAGUCHI

    調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

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