女優・吉岡里帆氏と作家・上田岳弘氏
『ニムロッド』で芥川賞を受賞した作家・上田岳弘氏がデビュー10周年で自身初の恋愛小説『最愛の』(集英社刊)を上梓。現代社会のリアリズムを追求し"最高純度の恋"を描いた作品で登場人物の重要キャラは、なんと今をときめく女優・吉岡里帆さんがモデルだった!?

そこで、以前にラジオ番組で共演したご縁もあり、彼女も実はデビューから10年というメモリアルな"同級生"対談が実現。本作を読んで心を寄せた吉岡さんの溢(あふ)れ出す作品への想いや共感に上田さんも感嘆、熱を帯びた対話を前編に続いてお届けする!

――デビュー10周年で新境地というか、これまでの作品を経て今だからこそ書くべきというチャレンジ的意味合いも?

上田 そうですね。デビュー以後は、筋肉質な構えでないと手が届かないところに接続するべく、あえて感情を排するぐらいの書き方をしていたかもしれません。抑制してきた部分も今回は出したいと思っていました。

吉岡 本当に10年続けるのは大変なことですけど......節目に「今までと違うこういう物語も持っていますよ」と提示できるほど過去作品がたくさんあって、今回は「それら全てを詰め込んだ作品にしたい」と他のインタビューで仰っていたのも印象的でした。読んだらその通りで、個人的にやっぱり私はこの作品のような愛を描くシチュエーションが好きなんだと。

そこから連想したのが、大好きな映画『ジョゼと虎と魚たち』と韓国映画の『オアシス』なんです。両作品とも主人公の女性が体にハンディキャップを負っているせいで孤立していく中、たったひとり一途な愛を送り続ける人がいる。効率を求められる現実社会では恋愛すらシステムに組み込まれているように感じるけれど、私は向き合うことがすごく困難な相手と死ぬ気で向き合う恋愛ものが大好きで。まさに『最愛の』はそうだと思ったんです。

上田 ありがとうございます。すごく難しかっただけに、吉岡さんの好きなイメージを喚起することができたことが嬉しいですね。

――レジュメみたいなものまで書いて用意されているほど吉岡さんの思い入れが伝わります(笑)。

吉岡 私、お話ししたいことがありすぎて(笑) でも、そういう作品に会うと感動するんです。最初はふたりの手紙のやり取りが確かにおとぎ話的できれい過ぎるとも思って。忘れられないままでイヤなところを知らないから、このきれいな関係を保てているだけなのでは?と冷静に思ってしまうんですけど、でもそうじゃない。

最後の手紙のシーンが素晴らしすぎて、相手のことを心の底から思っていなければ出てこない言葉なのが本当にいいなって。そこで泣いちゃいました。深い愛を感じて、久島と望未(のぞみ)の関係性が一番の感動ポイントでしたね。

上田 その手紙の部分は僕も入り込んでいたので、割とすんなり書けたんです。小説家もある意味で俳優さんと似たところがあって、その人に憑依(ひょうい)して書くパートと、ちょっと離れて書くパートがあるんですが、そこに関しては完全に憑依して、かなり入っていたので。ただ、ラストが本当に難しくて......。

吉岡 まさかラストにそうくるとはってびっくりしましたけど、軽やかさがあって好きです。完全に久島とリンクして、空を見上げた気持ちになったし、お互い愛があるからこそ解放したい、解放させたいみたいな。その解放を感じました。言葉だけでそういう感覚、心の感情をここまで体感できるって、本当にすごいなって不思議でした。

上田 忘れられないものであるとか、すでに失われてしまったものをきちんと自分の中に取り込みながら、その上で人生を生きていかねばならないっていう。大仰ですけど、やっぱり続いていくわけで。最初のシーンで、坂城という友達に「文章書けば」と言われて書き始めたのがこの小説って建て付けになっていますが、そうすることによって、ようやくちゃんと大人になれる。久島の設定年齢は38歳ぐらいで、そういう風なものが書きたかったんですよね。

吉岡 絶妙な年齢ですよね。上田さんの別のインタビューで、40代だとこの物語はちょっと違うと思うので、青春の終わりを30代終わりにしたって仰っていて。

上田 僕は40を超えてますけど、30代になる、40代になるって、ちょっと構えちゃうところありますよね。30歳になる時はちゃんとしなきゃと思い、40歳だといよいよ本当にちゃんとしなきゃみたいな感じがありました。

――単行本の帯には"最高純度の恋を描く"という惹句もありますが、喪失感も切なく、ふたりの女性のミステリアスさも相まって、世代を超越し深読みしてしまうかと......。

吉岡 最後まで読んで、久島と望未の手紙をもう1回読み直したくなりました。「私のことを消し去って。完全に忘れてください」って......手紙なんて残るのに! LINEや電話じゃなくて、忘れられたくない、覚えていてほしいからじゃないの?と思うのに、忘れてほしいって書くところがにくいなぁ。

上田 そう言われて「忘れられないじゃん」っていうのと、本当に忘れなきゃいけない事情があったっていう。この両義性をうまく表現できればなと思いながら書いてましたね。

吉岡 お互いの顔すらおぼろげで、繋がってるのはLINEだけだからいつでも関係性を消滅させられるラプンツェルに対して、手紙でガチガチに心が通い合っている望未......ここの対比もすごく好きなんです。いつでも繋がれるけどすぐに切ることもできる現実と、絶対に切りたくないし自分の手では切れない過去というのが。

上田 人間関係の在り方と相手に対する気持ちや想いって、連絡手段と密接に関わっていると思っているんですね。LINEとかはいつでも連絡がつくし既読機能もあるのが、ある種悪質だと思える部分もあって。現代はシステムが人間関係の機微みたいなものにまですごく入り込んで的確さを求められ、それを描くだけで殺風景さが出てしまう。

SNSやインターネットが発展している現代でなんでも見えてわかってしまう感覚がすごくあると思うんですけど、そこが今回のラプンツェルがいる"塔"とイメージがリンクするというか。高みにあってなんでも見えてしまう場所から動けない、出られない感覚があって、作品の中のプロットのひとつとして塔にいる人が下りていく話にしたいのもあったんです。

吉岡 「小説に限らず恋愛物はね、いかに結ばれるかを書いているんではないの」って、これはラプンツェルのセリフですけど。まさにこの作品でも久島と望未の結ばれなさを書いてるのか、いかに結ばれたかを書いてるのか、どっちだろうって迷いました。

上田 実はラストは複数のパターンを書いたんですけど、どれもしっくりこなくて最終的にこの形になったんです。冒頭の話に戻りますが、結論が出ていない、うまくいっていない物語も読んでもらえるのが小説というメディアのいいところだと思うので。

人生もそうじゃないですか。どこをラストと決めることもできないように、ある意味ではダラダラどうしようもなく続いていく。気持ちが落ち込んでしまう時もあるけれど、死なない限りは続いていく。人生にクライマックスなんてないし、結論なんて出ないということを引き受けるのが生きることだと思ってます。そんな僕の人生観が反映されているなと自分でも思いましたね。

――反映といえば、すでに今作に対する書評などで村上春樹さんの『ノルウェイの森』との比較、影響を指摘する声もありますが......。

上田 文学は極めて個人的な営みであるとともに、時間と個を超えた共同作業だと思っています。時代が進んだ中で今の孤独感を抱えた中で新しいものを書き継いでいきたいというのはありました。

勝手な私見ですが、『ノルウェイの森』がおそらくは『グレート・ギャツビー』の対岸の緑の光に手を伸ばすイメージから始まるように、今作では『ノルウェイの森』のラストシーン、どこでもない場所から誰かを求めているというイメージから始めて、僕がこれまで自分の短編で練り上げてきた要素を盛り込み、そしてあの作品では描かれていない中年にさしかかる現在であり、現代を書きたいなと思っていました。

――「恋愛すらシステムに組み込まれている現実社会」と表現されましたが、その現代的な恋愛へのアンチテーゼであり、『ノルウェイ~』で描かれる純愛にもリンクして?

上田 それが"おとぎ話"ってキーワードに集約されていると思っていて。女性からすれば「なに夢、見てんだよ」という......被害妄想なんですけど(笑)。

吉岡 むしろ冒頭からの裏切りがすごいので、どちらかというとミスリードですよね。ロマンチックというか、おとぎ話感に「手紙のやり取りね、ふんふん」となっている読者がいたとしても、後半にしっかりと生々しい現実があるという。

これも他のインタビューで上田さんが「自分で解決できていない5%の不透明な部分に踏み入るきっかけになる読書っていうのが、今回の作品なんです」という話をされていて。そのためにあえてこの文字量の小説を届けるところが素敵だなと。読むからこそ、気づきもあるんです。

毎日やらなければいけないこと、求められていることに一生懸命だと、自分が心の底で欲していたものはなんだっけ? 一番会いたい人は誰だったの?とかでさえ、わからなくなる。そんな時でも、ちゃんと考え直す時間を作れるような本が『最愛の』だと思いました。

上田 そういう風に読んでいただけて、作者としてすごく幸せですね。僕の今回書いた作品で一番の望みでもあったような気持ちがします。やむにやまれず書いたものが自分にとっての一生の物語になって、読む人にとっても贈り物になるような、割と奇跡的なものを追い求めていきたいといつも思っているので。

吉岡 素敵だと思います。ちなみに、望未っていう名前も深読みしてしまうんですけど......。

上田 望みが叶わない、っていう。

吉岡 やっぱりそうですよね。望んでいるのに一生叶うことがないという......全然いじるわけじゃないですけど、やっぱりそこもロマンチストなんだなと。

上田 いや、いじってもらったほうがいいです(笑)。

――気が早いですが、この作品の映像化も期待してしまいますね。ラプンツェルのモデルである吉岡さんにはもちろん出演していただいて。

吉岡 もし映像や舞台化された時に違う人だったら悔しいと思います。演じたい!とすごく思いましたけど、ラプンツェルも好きだし、でも望未もやっぱり好きだし。ふたりとも魅力的なんですよね。どちらにも繊細さと強さが共存しているところがあって。

上田 仮に映像化するなら、ラプンツェルはほぼ顔が出ないし、両方やれるんじゃない?

吉岡 それは大変すぎて、もうとんでもないことになりますけど?(笑) でも、とにかくこの本を周りに紹介したい欲が今は高まっているので、まだまだ聞きたいこともたくさんあって時間が足りないですね。

――これから舞台の稽古ということで残念ながら......吉岡さんはNHKのEテレで不定期に放送している『理想的本箱』という番組にもナビゲーターで出演中、そちらで取り上げてもらうテーマがあれば是非!

吉岡 ほんとですね。上田さんともまたいろいろお話しできれば嬉しいです。

上田 こちらこそ。また楽しみにしています!

(スタイリスト/ マルコ マキ ヘアメイク/信沢Hitoshi ※衣装協力 ワンピース/Demi-Luxe BEAMS(問い合わせ先:0120-011-301)ピアス・リング/Ponte Vecchio(問い合わせ先:03-6872-6106))

●吉岡里帆(よしおか・りほ)
1993年、京都府生まれ。NHK連続テレビ小説『あさが来た』(2015年)に出演し注目を集め、主演映画『ハケンアニメ!』や『島守の塔』(2022年)での演技が評価され数多くの主演女優賞や助演女優賞を受賞。2023年は主演ドラマ『時をかけるな、恋人たち』(フジテレビ系/毎週火曜放送中)、『落日』(WOWOW連続ドラマW/配信中)、映画『ゆとりですがなにか インターナショナル』(公開中)、『怪物の木こり』(12月公開)など多数。

●上田岳弘(うえだ・たかひろ)
1979年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒業後、IT系企業を立ち上げ現在は役員と小説家のパラレルキャリアで執筆活動を続ける。2013年「太陽」で新潮新人賞を受賞し、デビュー。2015年に「私の恋人」で三島由紀夫賞を受賞、2018年に『塔と重力』で芸術選奨新人賞を受賞、2019年に「ニムロッド」で第160回芥川賞を受賞、2022年に「旅のない」で第46回川端康成文学賞を受賞。2023年6月には日本SF作家クラブ会員に。