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歴史上いまだ記憶に鮮烈な悪名高き怪物を全三巻1500頁超の大長編で描いた『小説ヒトラー』が話題を呼んでいる。著者はこれまでに『小説フランス革命』『ナポレオン』他、やはり超大作に挑み、西洋歴史小説の泰斗とされる直木賞作家・佐藤賢一氏。
週刊プレイボーイ本誌の『本人襲撃』では、その新作をあえてテーマに選んだ理由、今そこで警鐘とし現代社会にリンクする危機意識や怖さについて伺った。続編となる本インタビューでは、さらに30年以上にわたる作家生活、創作の裏側までを直撃した!
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――今回の作品も含め、やはり膨大な資料を読み込んでの史実を踏まえつつ、独自の視点で創作されているのが魅力かと。以前書かれた『最終飛行』でもサン=テグジュペリの知られざる新たな側面が描かれ新鮮でした。
佐藤 彼もヒトラー同様、現代と地続きの実在の人物なので、書いている最中、周辺にいた女性が亡くなったら、彼が送ったラブレターが出てきたりしましてね。サン=テグジュペリって全然、奥さん一途でもなくて、あちこち手を出しているという(笑)。80年経っても、そういう人間味のある現実の姿が出てくると、書いているこちらとしては、結構困るんです。
――それも徹底的に調べ尽くされるがゆえかと。執筆のボリュームやペースも驚異的ですが、材料を仕込む時間含め、どれほど超人的な生活スタイルで過ごされているのでしょう。
佐藤 いや、全然普通なんですよ。朝起きてご飯食べて、8時9時くらいには仕事を始めて。昼ご飯を食べたら午後も夕方まで。大体、6時くらいで終わって、晩ご飯を食べて寝るという。ただ、午後は調べ物をしていることが多いし、1日中書いてることは基本なくて、半日書いて半日調べてるみたいな感じです。
――いずれにせよ、ずっと仕事漬けのような(笑)。
佐藤 座りっぱなしで動かないので、1日1回はどこかで散歩しようと心がけてはいますけど。ちょっと時間があったら、ぷらっと出かけますね。時代小説を書く時もあるので下町の方を取材兼ねて回ってみたり。田舎を舞台にしたら、その現場に行ってみたりして、それも息抜きですかね。

――公私において執筆ありきにも思えますが、大学の院生時代に小説すばる新人賞を受賞されてデビュー。それから30年以上に渡って実績を積み、創作を続けられている。あらためてご自身で振り返っていかがですか?
佐藤 作家になったとはいえ、デビューしたその一瞬が過ぎれば、作家としてやっていけるかどうかは別なんだと思い知るだけの日々でした。結局、サバイバルなんだと。
――傍(はた)から見れば、新人離れした力量で順風満帆、5、6年で直木賞も受賞し勢いのまま走り続けてきたように思えますが......。
佐藤 一般的な就職とも違って、ただ失敗しないで無難にいけば続けられるわけではない、ということをデビュー直後から思い知りました。安泰という気持ちは一度も持てないまま、気が付いたら30年経っていたという感じです。サボってもやっていけるんだと、のんびりできなかったことが逆によかったんでしょうけどね。
――のんびりどころか、書きたいものがありすぎて全力疾走されてきた印象です(笑)。
佐藤 書きたいものがなければやりようもないわけで。そういう部分では幸せだったんでしょうが、楽にやってこられたわけではありません。自分の本当に書きたいテーマを30年以上、ずっと尽きずにやれてきた、その点では悩みませんでしたが。
――西洋歴史小説にとどまらず、ここ最近でも『釣り侍』『家康と七人の忍び』と立て続けに時代小説まで上梓され、さらに意欲的に驚くばかりのペースで執筆されています。
佐藤 ナポレオンを書くにせよ、ヒトラーを書くにせよ、西洋ものはやはり自分がパイオニアだという気持ちはあるので、きちんと書かねばという気負いも使命感もあります。僕の前には点として書く人はいても、線として書く人はそんなにいなかったと思うので、そういう点では、責任感を持ってもいますね。
一方で時代小説は、どんな時代でもすでに誰かが書いてくれているという安心感があるので、なんの説明の必要もない場合も多いですし、楽しんで書いている感じです。自分が昔からやってきたことではないので、どこまで面白く書けるか不安だったり、緊張感はありますけどね。
佐藤 そうですね。書き出したらやはり楽しいです。西洋ものは自分が大学以降、勉強したり調べたりした歴史を、いわば頭で書く部分が大きかったのかなと。でも、『釣り侍』では、自分が釣りをやり始めた子どもの頃、体を使った記憶そのままで書ける楽しさというのがすごくありました。こういう小説もあるんだなと思いましたね。
自分ももうすぐ60歳なので、肉体が衰えてきたところで逆に体を使った、元気な時の記憶みたいなものも書きたいという気持ちが強くなっているんでしょうね。それが相まって、本当に今、いいバランスで書けている気がします。
――ますます精力的ながら、さすがに体力的な衰えは実感されてるんですね。
佐藤 スキーとか若い時はよく行ったんですけど、コロナの頃にスキー場が閉鎖になったりして。久々に行ったら、膝が痛くて、これはもうできないなと。バイクに乗るのも好きで、いろんなバイク乗ってオフロードとか、山の中も以前は走ってたんです。それがここ数年、クマが出るようになって足が遠のいたのもあります(笑)。
忙しい時でも、そういう仕事と何も関係ない余暇みたいなことをやってたんですけど、最近はほんと、釣りだけですね。
――そういう意味でも、さらに執筆に専心する生活になっているのかと。書きたい題材が尽きぬ中、限りある時間での優先順位も大事になってきますね。
佐藤 やはり西洋の歴史ものは自分の柱であり、メインストリームとしてずっと書いていこうと思いますし、時代小説もやっていきたいんですけど。最近ちょっと悩んでいるのが中国ものなんです。そこに手を出していいものか、やめておいたほうがいいのか迷っている感じですね。
――それはまた新たにチャレンジングな! 非常に興味深いところですが......。
佐藤 中国の歴史の王道みたいなものを自分も書きたいという気持ちはずっとあります。中国史については、日本の作家も繰り返し書いてきました。そうした先人たちの功績がある上で、自分に何が書けるか。作家として惹かれる素材はものすごくありますし、そこは挑戦であり、楽しさでもあるなと思います。
日本の時代小説や歴史もののもそうですが、中国史についても、これまでの先行作品があふれる中、いわばお約束事があるところで、西洋史をやってきた自分が、自分なりのものの見方をもって書ければ、結構違う感覚で新しいものになるのではないかという気がするんです。

――また壮大なスケールでライフワークにもなりそうな。何を、そして誰を題材とされるのか気になります!
佐藤 エンターテインメントとしても、中国史はスケールが本当に大きいですし、ドラマが詰まっているので非常に魅力を感じます。ちょっとタイミングを探りつつではありますが、いくつか書く題材の候補はあって、調べ始めたりはしています。
――『小説ヒトラー』で危惧されているその再現性も含め、このきな臭い時代の風潮もあって、何が起きるかわからない世界に問われるもの、今伝えるべきことを作品に反映できているか?というお話もされていました。
佐藤 世界情勢もそうですし、これからの時代が本当にわからなくなってきているのはものすごく感じますよね。もちろん、作品が売れる売れないとか、どういう受け止められ方をするのかも自分は結構気にしていますし。批評やネット等での一般読者の方の書き込みも日課のように読んで、悪く言われることも確かめたりしてますけど(笑)。
それも刺激にしながら、AIを使おうと思っても使えないというか、アナログで自分が書く意味を持った小説がある、そう思えるうちにできるだけ書いておきたいなと思いますね。
――まさにオンリーワンの存在として、今後の作品も楽しみにさせて頂きます。ありがとうございました!
●佐藤賢一(さとう・けんいち)
1968年生まれ、山形県出身。93年『ジャガーになった男』で第6回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。99年『王妃の離婚』で第121回直木賞受賞。2014年『小説フランス革命』で第68回毎日出版文化賞特別賞を受賞。ほか、小説に『遺訓』『ナポレオン』(第24回司馬遼太郎賞受賞)、『最終飛行』『チャンバラ』『釣り侍』など、ノンフィクション・随筆に『英仏百年戦争』『テンプル騎士団』『フランス王朝史』(全3巻)、『よくわかる一神教』『王の綽名』など、著書多数

■『小説 ヒトラー』全3巻
集英社 各2970円(税込)
〈Ⅰ戦後篇〉1918年。ひとりの上等兵が、陸軍病院から退院した。その名はアドルフ・ヒトラー。〈Ⅱ戦前篇〉政治家を志し、ついには政権奪取――独裁者は、戦争へと突き進んだ。なぜ誰も、止められなかったのか。それは過去のこと、なのか? 〈Ⅲ大戦篇〉戦線を拡大させるも、敗北が続く中、撤退・降伏を認めないヒトラーの暗殺計画はなぜ失敗したのか。人間の善悪の根源を問う。圧倒的なスケールの歴史巨編、全3巻1500頁超! 堂々完結