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『週刊プレイボーイ』に登場する女性たちに「初グラビア」にまつわるエピソードや当時の想いを聞く連載、『初グラビア物語~My First Gravure Story~』。今回は、山岡雅弥(やまおか・みやび)さんの前編。
山岡さんは小学6年生からレスリングに励み、全国ベスト8入りを果たすなどオリンピックを目指すほどの実力者に。だが、コロナ禍によって競技の道を断念し、2021年に芸能界へ飛び込んだ。初仕事となった「ミスマガジン2021」への挑戦で、見事「ミスヤングマガジン賞」を受賞し、華々しくデビュー。天真爛漫な笑顔と、圧倒的な健康美あふれるパワフルボディで瞬く間に脚光を浴びた。
以降、『ヤングマガジン』をはじめ各誌のグラビアを飾り、『週刊プレイボーイ』には2022年52号で初登場。これまで4度にわたり誌面を飾っている。今回はそんな彼女に、芸能界入りのきっかけから週プレでの鮮烈な初グラビアまでを振り返ってもらった。
ーー山岡さんはもともとタレント志望ではなく、レスリングでオリンピックを目指していたそうですね。小さい頃から活発だったんですか?
山岡 はい。山奥の自然に囲まれたところで育って、とにかく体を動かすのが大好きでした。女のコたちとおしゃべりするより、男のコたちと外を走り回って遊んでばかりいるタイプでしたね。
ーーレスリングを始めたきっかけは?
山岡 うちは根っからのスポーツ一家で、家族みんなでウェイクボードなどのマリンスポーツをやっていたんです。でもある時、兄が「高校に入ったらレスリングをやる」と言い出して。うちは「誰か一人が動いたら、家族全員で動く」のがルール(笑)。妹と弟も一緒に兄弟4人で始めることになりました。私が小学6年生の時です。
ーーマリンスポーツからレスリングへの転向! 戸惑いませんでしたか?
山岡 兄以外は全員、最初は嫌々でした(笑)。でも始めて3ヶ月が経った頃、地元・北九州の大会に出場したら、体格が大きかったこともあって、私が優勝しちゃったんです。そこから「自分もやるぞ!」と火がついて、兄弟全員ガチで取り組むようになりました。
ーー山岡さんは中学時代、全国ベスト8までのぼりつめたそうですね。
山岡 はい、頑張りました(笑)。当時は平日の学校が終わると高校の部活に混じり、ほぼ毎日男子選手を相手に練習に次ぐ練習。九州大会で優勝したこともあります。通っていたのがオリンピックに出場された選手が指導に来てくださるクラブだったので、周囲からも「頑張ればオリンピックに行けるぞ」と期待をかけていただいて、本気で目指していました。
ーーそこまで打ち込んでいたのに、なぜ競技から離れる決断を?
山岡 中学の卒業間際、コロナ禍になってしまって。高校に進学したものの大会が次々と中止になり、試合どころか練習すら思うようにできない。「この状態が一体いつまで続くんだろう」「大学進学はどうなるんだろう」と完全に先が見えなくなってしまったんです。家族ともたくさん話し合って、最終的にレスリングを辞める決断をしました。当時の私にとっては「生きるか死ぬか」くらいの重い選択で、本当に苦しかったです。
ーーそこからどのような経緯で芸能の世界へ?
山岡 目標を失い「これからどうしよう」と途方に暮れていた時、ふと芸能界に挑戦したくなって。じつは中学2年生の時、レスリングの東京遠征の合間に原宿へ遊びに行ったらスカウトされたことがあったんです。母に相談したら「やってみたら?」と背中を押してくれました。芸能界なんて想像もつかなかったですけど、あえてまったく違う新しい世界に飛び込んでみたかったんですよね。そこから知人を介して、芸能事務所を紹介していただきました。
ーーそうだったんですね。そして最初のお仕事が「ミスマガジン2021」への挑戦だったと。
山岡 そうなんです。最初からグラビアをやりたいという思いが強くて。もともとモデルのmayuriさんが大好きで、ずっと彼女のグラビアを見ていて、「私もこんな素敵な写真を撮ってもらいたい!」と憧れていたんです。応募締め切りがギリギリでしたけど、「落ちても経験だから応募してみよう」と事務所に勧められてミスマガを受けました。
ーー審査見事に通過し、まずベスト16に選出。『ヤングマガジン』2021年33号(7月12日発売)に白ビキニなどの衣装で登場しました。これが山岡さんにとって、人前に水着姿を披露した最初のグラビアですよね。撮影時は緊張しましたか?
山岡 めちゃくちゃしました。マリンスポーツをやっていたので水着になること自体には抵抗がなかったんですけど、撮影自体は初めてで。カメラマンさんから「表情が固い、笑って!」とひたすら言われました。それに、周りを見渡すと可愛いコばかり。「こんな中に混ざって残れるわけがない。無理!」って思っちゃって。ただ私が水着になった時は、スタジオにいたスタッフさんたちがワーッと集まってきたんですよ。その時は「もしかしたらいけるかな?」とほんの少しだけ期待しました。
ーー何か特別なアピールをしたんですか?
山岡 自分で言うのもなんですけど、胸のインパクトがあったのかなと(笑)。
ーーなるほど。確かに山岡さんはB92と見事すぎるボリューム感ですもんね。もともとご自身のスタイルには自信があったんですか?
山岡 正直、自信はありありでした(笑)。レスリングで鍛えた、ハリのある筋肉質ボディが自分でも好きだったんで。もちろん胸が大きいこともグラビアをやる上では強い武器になるんじゃないかなと思いましたね。
ーーグラビアアイドルの皆さんに話を聞くと、豊かなバストにコンプレックスを抱く方も多いですが、昔から前向きだったんですか?
山岡 小学生の頃は周りからからかわれるのがイヤで、「断捨離したい」と思ったこともありました(笑)。でも祖母が「自信を持って堂々としていれば変じゃない。姿勢を正しなさい」と言ってくれたんです。その言葉をもらってからは、自分の体型にしっかり誇りを持てるようになりました。
ーーその後、見事「ミスヤングマガジン賞」を受賞します。どちらで合格の報せを聞きましたか?
山岡 ちょうど母と一緒に病院へ行っている時でしたね。母宛てに電話がかかってきたんです。すると母が「えーっ!」って、病院の中なのにものすごい大声をあげちゃって(笑)。私自身は「嬉しい」という感情よりも先に、「えっ、本当に受かったの!?」という困惑のほうが強かったです。
ーーそこからミスヤングマガジンとしての撮り下ろしを重ね、2022年11月、『週刊プレイボーイ』に初登場します(52号/11月28日発売)。タイトルは「無防備」。山や川、古民家を舞台に、白ビキニやネイビーのワンピース水着などをまとい、開放感あふれる姿を届けてくれました。
山岡 このグラビア、めちゃくちゃ好きなんですよ! なんなら今まで撮っていただいた中でも一番好きかもしれないです。
『週刊プレイボーイ』2022年52号(撮影/栗山秀作)より
ーーそんなに! 相当、お気に入りなんですね。
山岡 はい。「野生児」がテーマだったのかな(笑)。カメラマンさんが「カメラをまったく意識しないで、自然体でいいよ」と言ってくださって。カッコつけたり澄ましたりすることなく、「ギャハハハ!」と大笑いしている普段の姿をそのまま撮ってもらいました。
ーー撮影で特に印象に残っているのは?
山岡 制服を着て水を飲むシーンですね。ペットボトルを口元にあてて、こぼしているところを撮ろうとしたんですけど、そのシチュエーションが面白くて一人でツボに入っちゃって。思わず「ブーッ!」と盛大に吹き出してカメラマンさんにかけちゃいました(笑)。あれは本当に申し訳なかったですね。
ーーバラエティのコントみたいです(笑)。それにしても、スタイルが良すぎますよね。水着が小さく見えるくらいの迫力です。
山岡 水着自体は普通のサイズだったんですけど、確かにパツパツでしたね。ミスマガ時代に、減量のリバウンドなどで太ってしまった時期があったんですよ。それで「これじゃいけない」とママが食事管理やマッサージで徹底してサポートしてくれるようになって。その賜物だと思います。スポーツ家族でよかった(笑)。
ーーこの撮影時は、レスリングの練習も続けていたそうですね。
山岡 はい。ミスマガ受賞を機に東京へ出てきたんですけど、その頃から体づくりの一環として、クラブで練習を続けていました。今さら選手へ復帰するのは難しくても、やっぱりレスリングという競技が大好きだったので。おかげで適度に筋肉がついた上、10代ならではの肌の弾力も相まって、納得いくスタイルに仕上がっていきました。この頃のコンディションは自分でもすごく好き。この週プレさんのグラビアは、私らしい健康的なスタイルを写真に残していただけたと思っています。
●山岡雅弥(やまおか・みやび)
2004年11月29日生まれ 福岡県出身 身長161cm
特技=ウエークボード、ダンス、レスリング
趣味=映画鑑賞
○上京前の中学生時代にレスリングで九州チャンピオンに輝き、全国大会でベスト8に。16歳時に応募した「ミスマガジン2021」ではミスヤングマガジンを受賞し、本格的にグラビアの活動を開始。
公式Instagram【@miyabi_112920】
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公式TikTok【@miyabi_1129】