勝っても負けてもバズるボクサー、佐々木 尽が語る"魅せる"美学

取材・文・撮影/会津泰成 写真/アフロ

佐々木 尽 2001年7月28日生まれ、東京都出身。八王子中屋ボクシングジム所属。5月2日のOPBF東洋太平洋ウェルター級タイトルマッチで王者・田中空を判定で破り王座に返り咲いた。オーソドックス(身長174cm・リーチ176cm)。通算戦績24戦21勝(18KO)2敗1分け佐々木 尽 2001年7月28日生まれ、東京都出身。八王子中屋ボクシングジム所属。5月2日のOPBF東洋太平洋ウェルター級タイトルマッチで王者・田中空を判定で破り王座に返り咲いた。オーソドックス(身長174cm・リーチ176cm)。通算戦績24戦21勝(18KO)2敗1分け

「皆さん、倒せなくて、〝ザ・ムービー〟できなくて本当に申し訳ない」 

2026年5月2日、彼は5万5000人の観客に向かって頭を下げた。日本ボクシング史上4度目となる、東京ドームでのボクシング興行。井上尚弥と中谷潤人のメインイベントが大きな話題になった興行の第4試合、OPBF東洋太平洋ウェルター級タイトルマッチに挑戦者として登場した佐々木 尽は、2対1の判定で勝利し、王座に返り咲いた。にもかかわらず、彼は頭を下げたのだ。

「お客さんはみんな、KO決着を期待してたと思うんです。でも倒せなかった。それが悔しくて......。プロである以上は、期待に応えてナンボ。盛り上げてナンボの商売だと思うんです。そういう意味では、勝利自体はうれしくても、プロとしては失格だなと、少し落ち込みました」

試合は決して凡戦ではなかった。お互い一歩も引かない、壮絶な殴り合い。初めてボクシング観戦するファンでも存分に楽しめたナイスファイト。それでも、KO勝利に強いこだわりを持つ彼にとっては、「ダウンを奪えなかった」=「敗北」という図式があるのかもしれない。

5月2日の東京ドーム興行の第4試合で東洋太平洋ウェルター級王者の田中(左)を下し、王座に返り咲いた5月2日の東京ドーム興行の第4試合で東洋太平洋ウェルター級王者の田中(左)を下し、王座に返り咲いた

尽は強豪ひしめくウェルター級で、日本人が誰もたどり着いていない世界の頂点を目指しているボクサーだ。 彼はなぜ〝魅せる〟ことに執着するのか。背景には、今や絶滅危惧種と化しつつある叩き上げの美学がある。

高校・大学の名門ボクシング部で実績を積み、大手名門ジムにスカウトされてプロ転向、そして世界へ。近年、日本のボクシング界では、そんなコースが、ひとつの王道になりつつある。

尽はそうしたエリートとは違う。高校は、ボクシングに費やす時間を確保するため、年間の履修科目数が少ない定時制を選んだ。にもかかわらず、プロテスト前に出場したアマ大会の成績は1勝3敗。人生をかけたボクシングの〝通知表〟は、いきなり落第点だった。

「中学まではボクシングよりも柔道に力を入れていて、オリンピックに出て金メダリストになることが夢でした。都大会で準優勝した経験もあります。でも、〝投げる〟より、〝殴る〟ほうが性に合っていたんですね。柔道の試合で相手をつかもうとしたとき、反射的に殴りそうになって、審判から注意されたりもしました(笑)。

ボクシングの魅力ですか? そうですね......、ボクシングの武器は拳ふたつだけ。その制約の中で磨いた技術を競い合うのに、最後はぶっ倒して勝負が決まる。〝緻密さ〟と〝大胆さ〟が同居しているところですかね」

柔道では将来有望と期待されていた尽も、ボクシングでは不器用だった。力任せに拳を振り回す、粗削りな少年。その粗さの奥にある光を見逃さなかったのが、中屋廣隆トレーナーだった。

トレーナーは72歳の中屋氏(左)。アマチュア戦績1勝3敗だった佐々木(右)を、世界の頂点が見えるまで育て上げたトレーナーは72歳の中屋氏(左)。アマチュア戦績1勝3敗だった佐々木(右)を、世界の頂点が見えるまで育て上げた

中屋氏は、1990年代に甘いマスクと豪快なKOでファンを魅了した元東洋太平洋2階級制覇王者・渡辺雄二を育てたトレーナーである。荒々しいパンチの魅力も危うさも知る伯楽が、トレーナー人生最後の挑戦として、尽の可能性にかけた。

現在24歳の尽に対し、中屋は72歳。年齢は孫と祖父ほど離れているが、ふたりは固い絆で結ばれ、今も二人三脚で日本人ボクサー未踏の地、世界ウェルター級の頂点を目指している。

「チーフ(中屋)は普段、技術的なことはあまり多く語りません。でも、たまにつぶやくひと言が、心に響きます。自分は、新しい技術をひとつ覚えると、違うひとつを忘れてしまう。チーフは辛抱強く待ってくれるというか、見ていてくれるというか。

15歳のときからずっと教えていただいているので、いつか恩返しがしたいですね。もちろんそれは、世界チャンピオンになることです」

佐々木尽の魅力――。それは勝っても負けても、「やるか、やられるか」のにおいが常にリングに充満しているところだ。やけどするほど熱く、危険で、目が離せない。世界初挑戦で失神KO負けしたかと思えば、復帰戦ではワンパンチで相手を沈めた。

世界王者ブライアン・ノーマンJr.に倒された一戦でのKOは、米老舗ボクシング専門誌『ザ・リング』の年間最高KO賞に選出された。一方、復帰戦でのワンパンKO勝利の映像は、海外の人気インフルエンサーの目に留まり、世界中に拡散された。

本人のインスタグラムに投稿されたリールでは、6月10日時点で8951万回再生。約146万件の「いいね!」がついている。なお、失神KO負けした世界戦のリールも437万回再生されている。

「動画がバズったのは、めっちゃ驚いています。でも、ぶざまにやられた姿も、ワンパンで倒した姿も楽しんでもらえたなら、それはそれで、どっちもめっちゃうれしいです」

尽の愛称は、〝ザ・ムービー〟。命を削るような、倒し倒されのアクションもあれば、恩師との絆を描く人情物もある。試合も、生きざまも、一本の映画のよう。だから皆、まだ世界チャンピオンになっていない「これから」のボクサーに心を奪われる。彼はまさに、試合のたびに続編を期待させる男、〝ザ・ムービー〟なのだ。

9月21日に行なわれるセムジュ・デビッド(右)戦の会見に臨んだ佐々木(左)。快勝で世界戦への弾みをつけたい9月21日に行なわれるセムジュ・デビッド(右)戦の会見に臨んだ佐々木(左)。快勝で世界戦への弾みをつけたい

尽は9月21日、日本王座とWBOアジア・パシフィック王座という2本のベルトを持つ、ウガンダ共和国出身のセムジュ・デビッドと対戦する。勝てば3冠王者に。そして、世界再挑戦の道も開けてくるはずだ。

「例えば、人間の自分が、空を飛ぶことは無理ですよね。『ドラゴンボール』の舞空術でも身につけない限りは。でも、世界チャンピオンになることは、無理でも夢でもない。目標というか、本当にそうなれる〝現実〟だと思っています」

〝ザ・ムービー〟佐々木 尽の続編は、どん底か、それとも栄光か――。尽は現在、中屋トレーナーと共にラスベガスで修行中。瞬殺のアーティストは次回作公開に向けて、撮影の真っただ中だ。

  • 会津泰成

    会津泰成

    あいず・やすなり

    1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。

Photo Gallery

この記事の特集

編集部のオススメ

関連ニュース

TOP