
山下メロ
やました・めろ
山下メロの記事一覧
1981年生まれ、広島県出身、埼玉県加須市育ち。平成が終わる前に「平成レトロ」を提唱し、『マツコの知らない世界』ほかメディア出演多数。著書に『平成レトロの世界』『ファンシー絵みやげ大百科』がある。
記憶の扉のドアボーイ・山下メロです。記憶の底に埋没しがちな平成時代の遺産を今週も掘り返していきましょう。
日本代表の敗退後も熱戦が続き、7月20日に閉幕したサッカー北中米W杯。今や日本代表がW杯のグループリーグを突破することは珍しくなくなりましたが、平成が始まった頃はW杯に出場したことがなく、まずは出場を目指すという状況でした。
1993年に日本のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が始まりましたが、同年のW杯94年アメリカ大会アジア最終予選では後半アディショナルタイムにゴールを決められ、W杯出場を寸前で逃す「ドーハの悲劇」が起こります。先日の日本対ブラジルのアディショナルタイムに決められたゴールに、ドーハを思い出したという声がちらほらとありました。
次の98年フランス大会で日本代表はW杯初出場を果たします。このときに売られたボール形キーホルダーは、ボタンを押すと93年に発売された日本代表の応援歌『WE ARE THE CHAMP~THE NAME OF THE GAME~』が流れるという謎アイテムでした。
2002年の日韓大会は開催国のため予選免除。そして初めてグループリーグを突破しました。さかのぼること6年、日韓共同開催が決定した96年、韓国の音楽「ポンチャック」の歌手李博士が日本でCDデビュー。
電気グルーヴとのコラボアルバムなどを矢継ぎ早にリリースする中、02年の日韓大会に絡めたミニアルバム『李 博士の2002年宇宙の旅』を発売。音楽業界の日韓の架け橋が、開催決定を祝福しました。
日韓大会では、先日ハリウッド殿堂入りを果たした、当時イングランド代表のベッカムさまも人気に。日本でもソフトモヒカンがベッカムヘアと呼ばれて大流行。ペプシからベッカムデザインのボトル缶まで発売されました。
平成においてW杯グッズは多数発売されており紹介しきれませんが、ぜひ今こそ振り返りましょう!