【#佐藤優のシン世界地図探索120】国際法と仁義の掟

取材・文/小峯隆生

いまの国際社会では秩序は力が決める。それは、国際法が仁義の掟とニアイコールになってきたということなのか......いまの国際社会では秩序は力が決める。それは、国際法が仁義の掟とニアイコールになってきたということなのか......
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

*  *  *

――昨今の混沌とした世界情勢に関して、佐藤さんが「仁義を国際法に言い換えるとわかりやすい」とおっしゃっていますが、珠玉の言葉だと思います。

佐藤 以前もウクライナ戦争の構造に関して映画『仁義なき戦い 代理戦争』が参考になると言いました(参照:【#佐藤優のシン世界地図探索104】"仁義なき戦い"に"総長賭博"...。映画でひもとくウクライナ戦争の構造)が、ヤクザ映画は理解の役に立ちますよ。

なぜかと言うと、現在の多くの国が国際法も人道も無視しているからです。そして、力と力を剥き出しにした激突になっています。そうすることの結果として、その力の均衡点をもってして平和が訪れる、といった理屈ですね。

――わかりやすい。

佐藤 結局、それは仁義における"手打ち"ということですよね。

――その通りです。

佐藤 そして、その手打ちは価値観ではなく、力の均衡によるものです。

それからもうひとつ重要なのは、互いにカッコ良く手を打つことです。ヤクザ風に言うなら「顔を立ててやらんと。カッコつかへんのはアカンで」ってとこでしょう。

――まさに両組、というか両国の面子(メンツ)が潰れないようにしないといけない。

佐藤 そう。そのために必要なのは、ゼレンスキー大統領の説得です。

「アメリカとしてはロシアと仲良うやっていきたいのよ。でもな、お前んとこがいつまでもロシアと喧嘩しとったら、格好がつかんのよ。だからここはひとつ、仲直りしてくれんかのう」とね。

――非常にわかりやすいです。ところで、6月1日にウクライナ軍は「蜘蛛の巣作戦」を実行しました。100機以上の自爆ドローンをトラックに忍ばせて、ロシア空軍基地の近くから戦略爆撃機に突撃させる奇襲攻撃です。

しかし、その翌2日にはイスタンブールでの和平交渉が決まっていました。ロシアが停戦に応じないことがわかったうえで攻撃するほうが合理的ですよね?

佐藤 はい。だから、誰が戦争を望んでいるか、はっきりしていますよね。

――ウクライナですね。

佐藤 だから、ウクライナはこういう行動をとっても、アメリカは付き合いきれると思っているわけですよ。

――しかし、仁義の面から考えると「そら、あきまへんで」となります。

佐藤 そうです。だから、逆にロシアにとっては良かったと思いますよ。和平交渉の前日にこんなことをするような国が、真面目に和平を望んでいますか? そんなの明白ですよね、と国際社会に訴える材料をロシアは手にできたのですから。

――はい。『仁義なき戦い』の名セリフにこんなのがあります。「神輿(みこし)が勝手に歩ける言うんなら、歩いてみないや、のう!」。

これ、6月1日のゼレンスキーにピッタリの言葉であります。ゼレンスキーはアメリカに担がれている神輿。それがわからないで、勝手に歩き始めて蜘蛛の巣作戦を始めたと。

佐藤 そういうことです。ゼレンスキーは歴史を忘れていますよね。南ベトナム(ベトナム共和国)のグエン・バン・チュー大統領を思い出さないと。

――グエン・バン・チュー大統領は、アメリカの支援を受けて北ベトナムと戦い、南ベトナムのサイゴン陥落前に台湾に亡命。その後、アメリカに移住して、2001年にアメリカ国内で死去しました。暗殺されていないんですよね。

佐藤 そうです。

――すると、ウクライナと違って力で押しているイスラエルは、ヤクザの仁義と論理をちゃんとわかっているのですね。

佐藤 わかっています。アメリカが軍事支援を止めると言ってしまえば、すっと引きます。

アメリカがイスラエルを軍事支援し続けることはイランもわかっていて、「そっちが構えて来るんやから、こっちとしても構えるしかあらへん」となりました。アメリカから譲歩案が出てこないと、イランは乗れないんですね。

――すると、イランに関しての手打ちは、やはりどこかの大国が出てこないと......。

佐藤 アメリカとイランは外交関係がないので、やはりロシア辺りが仲介する可能性もあります。そして、それをアメリカにロシアから伝えて、お互いに恰好がつけられます。

――イランの格好がつくというのは、イスラム体制がそのまま温存されるということですか?

佐藤 はい。なので、そこだけで絞れば話も早いんですよ。ただ、イランは原発を持ちたいんですよね。それは核兵器開発ではなく、単純にエネルギーとしてですけどね。

将来的に石油が枯渇することも、今後、世界的にエネルギー需要が伸びることもわかっています。さらにサウジアラビアの石油と違って粘度も高いので、精製費用もずっとかかります。だから、いまは石油を戦略物資として使い、自国のエネルギー需要は極力、原子力でまかないたいんです。

少し話はそれましたが、イスラエルとイランは仁義がわかっているので、自重するしコントロールも効きやすいということです。

――中東には警察権力が存在しない。それは、仁義の世界と同じであります。昔はアメリカが世界警察でしたが、いまは西のヤクザがデカくなりました。しかし、イスラエルはゼレンスキーみたいに勝手に歩く神輿にならずパッと下がるから、話は付きますね。

佐藤 そう、それは大丈夫です。イスラエルは自分たちの力の限界を知っていますからね。

ただし、懸念点もあります。イスラエルはこのところ勝ち過ぎて調子がよくなり、特に自国の人口ファクターを忘れている可能性があります。

先月に生放送中のイラン国営放送を爆撃しましたが、あれは侮辱的です。これまでのイスラエルは、「敵はあくまで一部のイスラム体制で、我々はイラン国民の味方です」というポジションでずっとうまくやってきたんですけどね。

――人口900万人の国が、人口9000万人のイランと五分の戦争をしようとしている。それを誰がイスラエルに自覚させられるんですか?

佐藤 トランプかプーチンでしょう。

――まさに力の世界。

佐藤 そして、言葉が信用できない世界の外交は、動物の戦いに近しくなってくるんですよ。ヤクザは極めて動物的です。

――確かに。

佐藤 だから、力と力で餌場の獲り合いをしているのが現状です。

――組のシノギですからね。

佐藤 これ以上やれば餌がなくなる、シノギができなくなるから手打ちをする、ということです。

国際情勢でヤクザの抗争が非常に参考になるということは、ルールがなくなりつつあるからです。だから言葉は信用できず、あとは仁義を守らないとなりません。そうなると、剥き出しの力と力の均衡点はどこなのか? ということになるのです。警察組織はあれど、その力を取り締まるには無力ですから。

――力がどれくらいあるかによって、シノギができるどの場所をとるか? その場所を力で獲り、そこが力の均衡点となると手打ち。すなわち、戦争が終わって平和となる時だと。

佐藤 そうなりますね。

次回へ続く。次回の配信は8月8日(金)を予定しています。

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  • 佐藤優

    佐藤優

    さとう・まさる

    作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

  • 小峯隆生

    小峯隆生

    こみね・たかお

    1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、元筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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