
武田和泉
武田和泉の記事一覧
風俗・飲食業界を得意分野として月刊誌や情報誌に寄稿。座右の銘は「夜の住人は十人十色」。
修繕工事中のマンション。大規模修繕の周期は一般的に12~15年に1回とされる
マンションの経年劣化に伴う修理に備えて、住民がためる「修繕積立金」。その使い道を決める管理組合の会議に施工会社や設計コンサルタントが潜入し、自分たちに都合の良い発注先や工事額になるよう利益誘導する悪事が起きている。
実際に被害に見舞われ、積立金を食い潰されてしまう前に悪徳業者の「なりすまし」を見抜いた当事者に話を聞いた!
経年劣化に伴うリペアは、人の体に限らず、暮らしの場であるマンションにも求められる。その修繕工事を巡り、住民が長年にわたり積み立てた「修繕積立金」を狙う不正が相次いでいる。
設計コンサルタント会社、施工会社が結託して工事費をつり上げ、不当に奪ったカネを分け合う。そんな業界の悪弊が加速し、近年は施工側の人間が住居を購入して修繕委員会に潜り込んだり、果ては住民になりすまして会議を誘導したりする事例まで表面化している。
実際に「なりすまし詐欺」の被害に見舞われた住民の話から、積立金をつけ狙う悪徳業者の実態を浮き彫りにする。
* * *
公正取引委員会は9月28日、関東のマンション管理組合が発注した171件の大規模修繕で談合したとして、設計コンサルタント会社のリノシスコーポレーション、翔設計、工事会社の長谷工リフォームなど、40社の独占禁止法違反を認定。このうち37社に計約16億円の課徴金の納付を命じた。
今年6月に『マンション狙われる修繕積立金』(平凡社新書)を上梓したノンフィクション作家の山岡淳一郎氏が、大規模修繕での談合の構図を解き明かす。
「一般的にはまず工事に際して、住民による管理組合が公募などで設計コンサルタント会社を選定します。その上でコンサルとも協議しながら、施工会社を公募する。
そうして選ばれた企業が工事を担い、コンサルが作業全体を監督するという『設計・監理方式』が主流となっています。コンサルが施工業者を監視して、手抜き工事などを防ぐ利点があります。
ただ、その両者が癒着するケースが散見されます。例えばコンサル側が、施工会社を選択する段階で結託している業者が選ばれるよう、住民側を誘導していくことがある。また、複数の施工会社間の談合を取り仕切り、受注額をつり上げる場合もあります。
その一部はキックバックやリベートとなって、コンサルの懐に入る。こうして、工事に詳しくない住民が蓄えた修繕積立金が、プロによって食い物にされるのです」
このような一部の悪徳コンサルと、彼らと利害関係にある悪質な施工会社は、なんとしても工事を受注しようとする。そこで違法手段までも駆使して、管理組合が設けた修繕委員会に潜入しようと企てるのだ。
舞台となったのは、2000年代初頭に建築され、複数棟で500戸を優に超える首都圏の巨大マンション。24年春に修繕委員会が発足し、委員に名乗り出た約10人の住民が優先議題である設計コンサルの選定を論じていた。管理会社は介入しておらず、住民だけの委員会だ。
委員会発足から程なくして、梨本健介(仮名)という中年の男が会議に参加するようになった。梨本は2ヵ月前に転居してきたばかりだ。
梨本が加わった3ヵ月後、委員会は業界紙を通じて設計コンサルの公募をかけていた。しかし、応じた会社のほとんどが設計コンサルの業界団体の幹部企業で、かつ虚偽記載が疑われる書面が出てきた。不安を感じた委員は、別ルートで候補を追加する方向で議論を始めた。ところが、新参者の梨本がこれに牙をむいたのだ。
「公募に応募した企業だけを検討対象にするべきや」
関西弁で、やたらと公募結果にこだわる発言を繰り返す梨本に、委員を務める古山竜治さん(仮名)は違和感しか覚えなかった。
大阪の会社を経営しているが、東京に支店があるので住戸を購入したという梨本。ただ、古山さんが夜間に梨本の部屋を1週間にわたり確認しても、明かりがついたためしがない。書類などのポスト投函も断る始末。梨本と同じ棟の住人に確認してもらったところ、外廊下にあるはずのエアコンの室外機もなかった。
古山さんは意を決して、梨本の住戸の登記を取得。すると、主にマンション修繕を手がける大阪府内に本社を置く工事会社の名義になっていた。そして、その会社の社長こそ梨本だった。
「調べていくと、梨本の会社は公募に応募してきた設計コンサルと近しいという情報がネット上にあった。うちのマンションの修繕工事に携わるため、設計や施工の業者を誘導しようとして入居した可能性を考えました」

古山さんらは24年末の集まりで、梨本に対して疑念をぶつけた。梨本は気色ばんで次のように答えた。
「確かにオレは中古物件のリノベーション販売もしとる。でも家は、知り合いの銀行担当者から勧められて買ったに過ぎん。委員になったのは、たまたま修繕工事のタイミングやったというだけ。
オレがこういう業者やってわかったら、〝意図ある人〟がこうやって排除しようとしにくるやろ。それが嫌で、言ってなかったんや」
入居や修繕委員就任の経緯に関する不可解な説明。挙句の果てに、自らを疑う住民たちを別の業者の回し者と見なすような抗弁。怒りに震える出席者たちは、口々に梨本への不信を言い連ねた。ただ、ひとりの男を除いて......。
清水(仮名)と名乗る男。委員会発足当初から毎回、委員である母親の代理として出席する、物静かで実直そうな人物だ。
だが、男にも不審な兆候があった。ある雨の日の会議。このマンションには地下通路があり、住民は傘を差さずに会議室にやって来る。しかし、なぜか男だけは傘を持参していた。
その上、あの大荒れの会議ではただひとり、梨本をかばった。そして、誰も彼のフルネームを知らない。
男に対しても〝人定調査〟を進めることになり、最初に口実を見つけてフルネームを答えさせた。そして、本来は委員である母親の年齢から息子に当たる年代を推測した。次に住民の協力を得て、その年代に合致するマンション周辺の小学校の卒業アルバムを入手した。
すると男のフルネームと同じ児童が見つかった。男と似ていると思える点もあり、十数年前の写真から別人と断定できるほどの確証は得られなかった。
そこで、アルバムから見つかった清水の息子と同級生だった住民に、本人かどうかを見分ける〝首実検〟をしてもらった。
「この人、清水君ではありません!」
修繕委員会発足から約1年。ようやく、男が「なりすまし住民」であることが判明した。男は委員たちから追及されるとすぐに立ち去り、二度と姿を現さなかった。
その後、委員たちは清水の母親本人から事情を聞き取ったが、その話は住民への裏切り同然のものだった。
彼女はポストに投函された「マンションでの暮らしに関する市場調査にご協力くださるモニター様を募集。JCBギフト券1万5000円分プレゼント」とのチラシを読み、問い合わせたという。すると、電話口の男が「修繕委員になってほしい」と言ってくる。求めに応じて委員に立候補し、就任後は男が〝代理出席〟したという。
清水(仮名)の母に配られていたチラシ。報酬に釣られて詐欺に協力していたとみられる(写真提供:古山さん)
「業者側はチラシで募った住民を協力者に仕立てて会議に潜入し、修繕工事の業者選定を誘導しようとしたのです。清水の母は毎月の報酬をもらっているそぶりは見せていませんが、無償でやっているとはとうてい考えにくい。
清水の母にチラシを配ったリサーチ会社の社員の名刺を提出させたところ、梨本の会社と同じ住所でした。こうした経緯から、梨本の委員解任も決まりました」
古山さんが梨本の会社の名義で登記を調べたところ、この10年ほどで30戸以上のマンションを所有していたという。
「大規模修繕に合わせて住戸を購入し、工事が終わったら売却していることもわかりました。今でも、修繕工事中の有名な臨海部のタワーマンションの一室を所有していて、修繕委員にもなっているようです」
なりすましによるマンション潜入は、実際に事件にもなっている。神奈川県警は昨年、住民になりすまして修繕委員会に出席していた男ふたりを逮捕。その後、詐欺未遂と偽計業務妨害の疑いで書類送検している。
「神奈川の事件では、梨本の会社の名刺を持っていた男が逮捕されています。同じような手口で各地の大規模修繕に乗り込もうとしているのです」
一連の騒動から、古山さんは再発防止策を導く。
「大きいマンションでは、なりすましを顔と名前だけで見破ることは困難。そこで、修繕委員就任に当たって免許証などの提出を規約に明記することが考えられます。
さらに、所有・居住期間が3年以上であることを要件にして潜入目的の購入を防ぎ、居住実態は住民票で確認する。住民票は1ヵ所にしか置けないので、梨本のように複数物件を回すビジネス目的の人間をはじくことができます。
昨年、被害の経験を生かして『大規模修繕情報交換ネットワーク』という団体を立ち上げました。これまで数十件の相談があり、最近でも2件でなりすましを突き止めることに協力しました」
前出の山岡氏はこうした事態が起きる背景を、まず膨大な工事額に見る。
「大規模修繕だと、今は1戸当たり100万~150万円ほどかかる。大規模なタワーマンションなら、総額は40億~50億円にも上る。元請けに入れなくとも、2次、3次の下請けでも儲かります。だから、キックバックをしてくれる施工会社を入れようと設計コンサルたちも手を尽くします。
昨今の資材費高騰も工事費を水増しする口実になり、本来よりもずっと高い金額が請求されかねません」
経年劣化で起きる外壁のひびは修繕箇所の一例。大きいマンションでは億単位の積立金が必要なことも
また、山岡氏は公取委が入れたメスの甘さを指摘する。
「マンションの管理会社が処分対象になっていないんです。修繕積立金のたまり具合や老朽箇所を把握している管理会社が、つながりのある設計・施工業者を組合に紹介するケースもある。当然、背後にはキックバックがあります」
山岡氏はその上で、悪徳業者が暗躍した末に待つ欠陥工事を危惧する。
「初めから住民をだまそうと潜入し、よけいな人件費をかけるような業者です。コストを抑えるため、必要な資材を十分に使わない手抜き工事をしたり、安全管理不足で人身事故が発生したりするリスクがある。結果的に、マンションの資産価値に響きます。
〝潜入業者〟は自らの陣営に修繕委員を引き入れようと画策するので、住民間の対立まで招く。住民同士の反目が高じて、訴訟に至った事例もあります」
マンションの修繕工事をする作業員。大規模な工事だと半年以上かかることもある
公共工事における談合や、不動産投資にまつわるトラブル。〝地べた〟に関わる業界の醜聞は尽きない。不正が絶えない土壌を、山岡氏は次のように説く。
「政府・自民党は官庁の予算への影響力や官僚の人事を左右する力を持つ。一方、工事の許認可権を持つ官僚は、天下りで企業と〝持ちつ持たれつ〟の関係。業界団体は自民党の集票マシンで、時に圧力団体のような動きをして、政治家に働きかける。
この『政官業(せいかんぎょう)の鉄の三角形』を改めない限り、不正の浄化は難しい。だからこそ、住民の意識改革が必要なのです。素人だからといって業者任せにせず、自分たちのマンションで起きていることを直視し、悪徳業者から資産を守ることが大切です」
修繕積立金は、住民全員のための大事な貯金だ。その使い道を放任してしまえば、見ず知らずの誰かによって霧消させられてしまうことを忘れてはいけない。